日月神示 地つ巻 第二十六帖(一六三)から第三十一帖(一六八)

第二十六帖(一六三)

 

 雨の日は傘いると言って晴れたら要らないのです、その時その時の御用あるのです、晴れた日とて傘要らないのではないのです、今御用ある臣民と、明日御用ある臣民とあるのです、二歳(ふたつ)の時は二歳の着物、五歳(いつつ)は五歳、十歳(とう)は十歳の着物あるのです。十柱(とはしら)の御役もその通りです、役変わるのです。旧八月の十二日、ひつ九のか三。

 

 

第二十七帖(一六四)

 

 天地(てんち)には天地の、国には国の、ビックリ箱開(あ)くのです、ビックリ箱開いたら臣民みな思いが違っていることわかるのです、早く洗濯した人からわかるのです、ビックリ箱開くと、神の規則通りに何もかもせねばならないのです、目あけておれん人出来ます、神の規則は日本も支那もインドもメリカもキリスもオロシヤもないのです、一つにして規則通りが出来るのですから、今に敵か味方かわからないことになって来るのです。

 

 学の世はもう済みました、日に日に神力現われますよ、一息入れる間もないのです。ドシドシ事を運ぶから遅れないように、取り違いしないように、慌てないようにしてくださいね。神々様もえらい心配なされてござる方ありますが、仕組はりゅうりゅう、仕上げ見て下さいね。旧九月になればこの神示に代わって天のひつくの神の御神示(おんふで)出しますよ、初めの役員それまでに引き寄せます、八分通り引き寄せましたが、あと二分通りの御役の者引き寄せます。遅い早いはありますが、神の言ったこと一厘も違いませんよ、二三(ふみ)は晴れたり日本晴れ、おけ、十月の四日、ひつ九のか三、二三(ふみ)。

 

 

第二十八帖(一六五)

 

  神の国には神の国のやり方、外国には外国のやり方あると言ってありましょう、戦もその通りです、神の国は神の国のやり方せねばならないのです、外国のやり方真似(まね)ては外国強いのです、戦するにも身魂磨き第一です。一度に始末することは易(やす)いなれど、それでは神の国を一度は丸潰しにせねばならないから、待てるだけ待っているのですよ、仲裁する国はなく、出かけた船はどちらも後へ引けない苦しいことになって来ますよ、(〇の中にゝの印)気をつけるように。十月六日、ひつくのか三。

 

 

第二十九帖(一六六)

 

 天明は神示(ふで)書かす御役です、蔭の役です、この神示はアとヤとワのつく役員から出すのです、表です。旧九月までにはその御方お揃いです、カのつく役員裏なり、タのつく役員表なり、裏表あると言ってありましょう、コトが大切です、コトによりて伝えるのが神は嬉しいのです、文字は次です、このことよく心得なさい。

 

 天の異変は人の異変です、一時は神示も出ないことあります、神示読んでくださいね、神示読まないで臣民勝手に智恵絞っても何にもならないと言ってありましょう、神にくどう言わせることは神国の臣民の恥ですよ。神示は要らないのがまことの臣民です、神それぞれにわたりたら神示要らないのです、それが神世(かみよ)の姿です。

 

 上(かみ)に立つ人にこの神示わかるようにしてくださいね、国は国の、団体(まどい)は団体の上(かみ)の人に早く知らしてくださいね。アとヤとワから表に出すと上(うえ)の人も耳傾けるのです。アとはアイウエオです、ヤもワも同様です、カは裏です、タは表です、サとナとハとマとまつわりてくださいね、ウは別の御役です、御役に上下(うえした)ないのです、みなそれぞれ貴い御役です。この神示、『上(うえ)つ巻』と『下(しも)つ巻』まず読んでください、肚に入れてから神集(かむつど)うのです、神は急(せ)けますよ。山の津波に気つけなさい、十月の七日、ひつ九のか三。

 

 

第三十帖(一六七)

 

 一度に立て替えすると世界が大変が起こるから、延ばし延ばししているのですよ、目覚めないと末代の気の毒できますよ。国取られた臣民、どんなにむごいことになっても何も言うこと出来ず、同じ神の子でありながらあまりにもひどいやり方、ケダモノよりむごいことになるのが、よくわかっているから、神が表に出て世界中救うのです、この神示肚に入れると神力(しんりき)出るのです、疑う臣民沢山あるが気の毒です。一通りは嫌がる臣民にもこの神示一二三(ひふみ)として読むように、上(うえ)の人、してやって下さいね。

 

 生命(いのち)あるうちに神の国のこと知らずに、死んでから神の国に行くことは出来ません、神の力でないと、もう世の中はどうにも動かないようになっていること、上の番頭殿わかっておりましょう、どうにもならないと知りつつ、まだ智や学ばかりに縋(すが)っておるようでは上のひととは言えません、智や学超えて神の力にまつわりなさい、飛行機でも飛行機にまつわれば命(いのち)通うのですよ、お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民です、カミ拝(おろが)みて神示とりなさい、神のない世とだんだんなっておりましょう。まつることは生かすことです。生かすことは能(はたら)かすことです。神の国には何でもないものないのです、神の御用ならば何でも出て来る結構な国です、何もなくなるのはやり方悪いのです、神の心に副(そ)わないのです。十月七日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第三十一帖(一六八)

 

 この神示読ますようにするのが役員の務めではないですか、役員さえ読んではいないではないですか。神示に一二三(ひふみ)つけたもの、まず大番頭(おおばんとう)、中番頭、小番頭殿に読ましてくださいね、道さえつければ読みますよ、肚に入るものと入らぬものとはありますが、読ますだけは読ませてやるのが役員の務めではないのですか。旧九月になったら忙しくなるから、それまでに用意しておかないと悔しさが出ますよ。いざとなって地団駄(じだんだ)踏んでも間に合いませんよ。餅搗(つ)くには搗く時あるのです、それで縁ある人を引き寄せているのです、神は急けるのです。十月の七日、ひつ九のか三、いそぐ。