日月神示 雨の巻 第九帖(三四三)から第十帖(三四四)

第九帖(三四三)

 

 神の智と学の智とは、始めは紙一重であるが先に行くほどンプ(?)出来て来て天地の差となります、(〇の中にゝの印)の(〇の中にゝの印)の薬のやり方、悪の(〇の中にゝの印)の毒のやり方となります、神の御用が人の御用です、人の御用が神の御用ですが、今の臣民神の御用するのと人の御用するのと二つに分けていますが、見苦しき者にはこれからは御用させないことに決まったから気をつけなさい。

 

 何事も順正しくやって下さいね、神は順ですよ、順乱れたところに、神のはたらき現われませんよ。何もしないで善きことばかり待っていると物事後戻りになりますよ、神の道には後戻りないと言ってありましょう、心得なさい、一(はじめ)の火消えているでしょう、まだわかりませんか、都会へ都会へと人間の作った火に集まる蛾(が)のような心では今度の御用出来ませんよ、表面(うわつら)飾って誠のない教えのところへは人集まりますが、誠の道伝えるところへは臣民なかなか集まりません、見ていなさい、いくら人は少なくても見事なことして御目にかけますよ、縁ある者は一時(いちじ)に神が引き寄せると言ってありましょう、人間心で心配しないように。

 

 目眩(めまい)する人も出来ますよ、(ふんのびる人も沢山に出来て来ますよ、)行けども行けども白骨ばかりと言ってありましょう、今のどさくさにまぎれて悪魔はまだえらい仕組して上にあがりますが、上にあがりきれないうちにグレンです、せめて三日天下が取れたら見物(みもの)ですが、こうなることは世の元からわかっているのですから、もう無茶なことは許しません。軽い者ほど上に上にとあがって来ます、仕組通りになっているのですから、近欲(ちかよく)に目くれてせっかくのお恵みはずさないように、神気つけておきますよ。人の苦しみ見て、それ見たことかと言うような守護神に使われていると気の毒出来ますよ。

 

 世立て替えて先のわかる世とするのです、三S(さんエス)の神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝とあります、毒と薬で裏腹です。五と五では力出ません、四と六、六と四、三と七、七と三でなければ力生まれません、力生まれるから、カラ(カス?)出来るのです、カラ掃除するのが神の大切な仕事です、人民もカスの掃除すること大切な御役です、毒と薬と薬と毒です、搗(つ)きまぜてこねまぜて、天晴(あっぱ)れこの世の宝とする仕組です、わかりましたか。一方の3Sよりわからないから、人民いつも悪に落ち込むのです、この道は中行く道と言って知らせてありましょう、力余ってはならず、力足らなくてもならず、しかと手握ってじっと待っていて下さいね、誠の教えばかりでは何もなりませんよ、皆に誠の行(おこな)い出来ないとこの道は開けません、理屈言わないように、いくら理屈立派であっても行い出来なければ悪です、この世のことは人民の心次第です。十一月二十七日、ひつ九のか三。

 

 

第十帖(三四四)

 

  天(あめ)の岩戸開いて地(ち)の岩戸開きにかかりているのです、我一力(われいちりき)では何事も成就しません、手引き合ってやって下さいと言ってあること忘れないように。霊肉共に岩戸開くのですから、実地の大峠のいよいよとなったらもう堪忍してくれとどんな臣民も言いますよ、人民には実地に目に物見せねば得心(とくしん)しないし、実地に見せてからでは助かる臣民少ないし、神も閉口です。酷(ひど)いところほど身魂に借銭(しゃくせん)あるのです、魂(たま)の悪きことしている国ほど厳しき戒めするのですよ。

 

 五と五と言っていますが五と五では力出ないし、四と六、六と四、三と七、七と三ではカス出るし、カス出さねば力出ないし、それで神は掃除ばかりしているのですよ、神の臣民それで神洲清潔(しんしゅうせいけつ)する民です、キが元と言ってありましょう、キが飢え死にすると肉体飢え死にします、キ息吹(いぶ)けば肉息吹きます、神の子は神のキ頂いているのですから、食う物無くなっても死にはしませんよ、キ大きく持ちなさいと言ってありましょう、キはいくらでも大きく結構に自由になる結構な神のキです。臣民利巧(りこう)なくなれば神のキ入りますよ、神の息通いますよ、凝りかたまるとコリになって動き取れないから苦しいのです、馬鹿正直ならないと言ってありましょう、三千年余りで身魂の改めして、因縁だけのことは否(いや)でも応でもするのですから、今度の御用はこの神示読まないでは、三千世界のことですからどこ探しても人民の力では見当取れないと言ってありましょう、どこ探してもわからないのですよ、人民の頭でいくら考えても智しぼっても学あってもわからないのです。ちょこらわかるような仕組なら、こんなに苦労しませんよ、神々様さえわからない仕組と知らせてありましょう、何より改心第一ですと気つけてありましょう、神示肚に入れば先見え透(す)くのです。この地(つち)も月と同じですから人民の心そのままにうつるのですから、人民の心悪くなれば悪くなるのですよ、善くなれば善くなるのです。

 

 理屈は悪と言ってありましょう、悪の終わりは共食いです、共食いして共倒れ、理屈が理屈と、悪が悪と共倒れになるのが神の仕組です、とわかっていながらどうにもならないことに今に世界がなって来るのです、逆に逆にと出て来るのです、何故そうなって来るかわからないのですか、神示読みなさいな。

 

 オロシヤの悪神(あくがみ)の仕組、人民には一人もわかっていないのですよ。神にはようわかっての今度の仕組ですから仕上げ見て下さいね、この方に任せおきなさい、一切心配なくこの方の言うようにしておいて見なさい、大舟(おおぶね)に乗っていなさい、光の岸に見事つけて喜ばしてやりますよ、どこにいても助けてあげますよ。雨の神、風の神、地震の神、荒(あれ)の神、岩の神様、祈りなさい、世の元からの生き通しの生神(いきがみ)様、拝(おろが)みなさいな。日月(ひつく)の民を練りに練り、大和魂の種にするのです、日月の民と日本人ばかりでないのです、大和魂とは神の魂です、大和(だいわ)の魂です、まつりの魂です、取り違いしないように気をつけなさい。

 

 出かけの港はここです、皆に知らしてやって下さいね、いくら道進んでいても後戻りです、この神示が出発点です、出直して神示から出て下さいね、我(が)張ってやる気ならやって見なさい、九分九分九厘で鼻ポキンです、泣き泣き恥ずかしい思いしてお出直しですから気つけていなさい、足あげて顔の色変える時近づきましたよ、世立て替えて広き光の世とするのです、光の世とは光なき世です、この方の元へ引き寄せて、目の前に楽な道と辛(つら)い道と作ってあるのです、気つけていて下さいな、どちら行くつもりですか。十一月二十七日、一二(不明記号)。