日月神示 地震の巻 第十七帖

第十七帖

  

 地獄はないのですが、地獄的現われは、生前にも、生後にも、また死後にもあり得ます。しかし、それは第三者からそのように見えるのであって、真実の地獄ではありません。大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているためです。死後、ひとまず置かれる所は、霊、現の中間の世界であり、そこでは中間物としての中間体を持っています。意志のみでは力を生みません。理解のみでも進展しません。意志と、理解との結合によって弥栄します。このことは、中間の状態、すなわち、死後の最初の世界において、何人もはっきりと知り得ます。しかし、生存時において、すでに過去を清算している霊人は、この中間世界にとどまる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に、ただちに入るのです。清算されていない者は、清算が終わるまで、この中間世界にとどまって努力し、精進、教育されます。その期間は五十日前後と見てよいですが、最も長いものは十五、六年から二十年位を要します。この中間世界から天国的世界をのぞむ時は、光明に満たされています。故に、何人も、この世界へ進みやすいのです。また、地獄的な世界は暗黒に満たされているが故に、この世界に行く扉は閉ざされているのと同様であって、極めて進みにくいのです。天国には昇りやすく、地獄には堕ち難いのが実状であり、神の御意志なのです。しかし、この暗黒世界を暗黒と感じずに進んでいくものもあるのであって、その者たちには、それがふさわしい世界なのです。そこに、はかり知れないほどの大きく広い、神の世界がひらかれています。この地獄的暗黒世界は、暗黒ではありますが、それは比較から来る感じ方であって、本質的に暗黒の世界はなく、神の歓喜は限りないのです。以上のごとく、中間世界からは無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくるのです。否、その各々によって自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないのです。故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち着くのです。他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地なのです。何故ならば、一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界はまた苦の世界と感覚するからであって、いずれも自ら求める歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのです。また一の世界における善は、二の世界では善はなく、二の世界の真が一の世界においては真でない場合も生じてきます。しかし、そのすべての世界を通じて、さらに高きゝに向かって進むことが、彼らの善となるのです。ゝは中心であり、大歓喜であり、神です。死後の世界に入る時に、人々はまず自分の中の物質を脱ぎ捨てます。生存時においては物質的な自分、すなわち肉体、衣類、食物、住宅等が主として感覚の対象となりますから、そのものが生命し、かつ自分自身であるかのごとくに感ずるのですが、それは自分自身の本体ではなく、外皮に過ぎません。生長し、考慮し行為するものの本体は、自分自身の奥深くに秘められた自分、すなわち霊の自分です。霊の自分は、物質世界にあっては物質の衣をつけます。故に、物質的感覚は、その衣たる物質的肉体のものであると錯覚する場合が多いのです。しかし、肉体を捨てて霊界に入ったからといって、物質が不要となり、物質世界との因縁がなくなってしまうのではありません。死後といえども、物質界とは極めて密接なる関係に置かれます。何故ならば、物質界と関連なき霊界のみの霊界はなく、霊界と関連なき物質のみの物質界は、呼吸し得ないからです。生前の霊界、生後の物質界、死後の霊界のいずれもが不離の関係に置かれて、互いに呼吸し合っています。例えば、地上人は生前世界の気を受け、また死後の世界に通じています。現実世界で活動しているのが、半面においては生前の世界ともまた死後の世界とも深い関連をもっており、それらの世界においても、同時に活動しているのです。

日月神示 地震の巻 第十八帖

第十八帖

 

 神から出る真・善・美・愛の用に奉仕するのが霊人たちの生命であり、仕事であり、栄光であり、歓喜です。故に、霊界における霊人たちの職業は、その各々の有する内分により、段階によって自ら定まります。為にその用は無数であり、かつ千変万化します。歓喜第一、神第一の奉仕が霊人の職業です。故に、自分自身の我が表に出た時は、力を失い、仕事を失い、苦悩します。霊人の仕事は限りなく、地上人の仕事以上に多用ですが、より良さ、より高さ、より神に近い霊人生活に入るための精進であり、喜びであることが知られます。そして、そのいずれもが神の秩序、すなわち大歓喜の秩序、法則によって相和し、相通じ、全般的には一つの大きな神の用をなしているのです。故に、いずれの面の用をなすとも、自己というものはなく、弥栄あるのみ、神あるのみとなります。なお注意すべきことは、霊界において、権利なるものは一切感ぜず、義務のみを感じているということです。すなわち、義務することが霊人の大いなる歓喜となるのです。為に、命令的なものはありません。ただ、ひたすら奉仕があるのみなのです。その奉仕は地上人であった時の職業と相通ずるものがあります。何故ならば、霊と物とは対応しているからです。生前は生後であり、死後はまた生前であって、春秋日月の用を繰り返しつつ弥栄えています。従って、霊界に住む霊人たちも、両性に区別することができます。陽人と、陰人とです。陽人は、陰人のために存在し、陰人は、陽人のために存在します。太陽は太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて生命し歓喜するのです。この二者は、絶えず結ばれ、また絶えず反しています。故に、二は一となり、三を生み出すのです。これを愛と信の結合、または結婚とも称えられています。三を生むとは、新しき生命を生み、かつ歓喜することです。新しき生命とは新しき歓喜です。歓喜は、物質的形態はありませんが、地上世界では物質の中心をなし、物質として現われるものです。霊界における春は、陽であり、日と輝き、かつ力します。秋は、陰であり、月と光り、かつ力します。この、春秋の動きを、また、歓喜と呼ぶのです。春秋の動きあって、神は呼吸し、生命するとも言い得ます。また、悪があればこそ生長し、弥栄し、かつ救われるのです。故に神は、悪の中にも、善の中にも、また善悪の中にも、悪善の中にも呼吸し給うものなのです。

日月神示 地震の巻 第十九帖

十九帖

 

 天国の政治は、歓喜の政治です。故に、戒律はありません。戒律の存在するところは、地獄的段階の低い陰の世界であることを知らねばなりません。天国の政治は、愛の政治です。政治する政治ではありません。より内奥の、より浄化されている愛そのものからなされます。故に、与える政治として現われます。天国は、限りなき団体によって形成されています。そして、その統治は、各々の団体における最中心、最内奥の歓喜によりなされるのです。統治するものは一人ですが、二人であり、三人として現われます。三人が元となり、その中心の一人は、ゝによって現わされ、他の二人は、(不明記号)によって現わされます。(不明記号)は、左右上下二つの動きの(渦の印)を為すところの立体(渦の印)からなっています。統治者の心奥のゝは、さらに高度にして、さらに内奥に位するゝの中のゝによって統一され、統治され、立体(渦の印)をなしています。天国では、このゝをスの神と敬称し、歓喜の根元をなしています。スの神は、アの神と現われ給い、オとウとひらき給い、続いて、エとイと動き現われ給うのです。これが総体の統治神です。三神であり、二神です。ア・オ・ウは愛であり、エ・イは真です。これら天国の組織は、人体の組織と対応し、天国の一切の事象と運行とは、人体のそれに対応しています。オ・ウなる愛は曲線であり、心臓です。エ・イなる真は、直線であり、肺臓に対応して三五七と脈打ち、呼吸しているのです。これらの統治者は権力を奪することなく、また指令することもありません。よりよく奉仕するのみです。奉仕するとは、いかにしてよりよく融和し、善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし、これらのすべてを神の力として生かし、さらに高度なる大歓喜に至るかと努力することです。また統治者自身は、自分達を他の者より大なる者とはせずに、他の善と真とを先とし、その歓喜をまずよろこび、己はその中に融け入ります。故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり、団体の歓喜となるのです。指令することは、戒律をつくることであり、戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っています。天国における政治の基本は、以上のごとくですが、さらに各家庭においては、同一の形体をもつ政治が行われています。一家には、一家の中心たる主人、すなわち統治者がおり、前記のごとき原則を体しています。またその家族たちは、主人の働きを助け、主人の意を意として働きます。その働くことは、彼等にとって最大の歓喜であり、弥栄です。すなわち、歓喜の政治であり、経済であり、生活であり、信仰です。天国における天人、霊人たちは、常にその中心歓喜たる統治者を神として礼拝します。歓喜を礼拝することは、歓喜の流入を受け、より高き歓喜に進んで行くことです。けれども、天国における礼拝は、地上人のそれのごとき礼拝ではありません。礼拝生活です。すべてと拝み合い、かつ歓喜し合うことです。与えられた仕事を礼拝し、仕事に仕えまつる奉仕こそ、天国の礼拝の基本です。故に、各々の天人、天使の立場によって、礼拝の形式、表現は相違しています。しかし、歓喜の仕事に仕えまつることが礼拝であるという点は一致しています。地上人的礼拝は、形式の世界たる地上においては、一つの生き方ですが、天国に於ける礼拝は、千変万化で、無限と永遠に対するものです。無限と永遠は、常に弥栄えるが故に生ずるものであり、その弥栄が神の用です。神羅万象の多種多様、限りなき変化、弥栄を見て、この無限と永遠を知り、あらゆる形において変化繁殖するを見て、無限と、永遠が神の用なることを知らねばなりません。天国の政治は、光の政治です。天国にも地上のごとく太陽があり、その太陽より、光と熱とを発していますが、天国の太陽は、一つではなく二つとして現われています。一は月球のごとき現われ方です。一は火の現われ、火の政治であり、一は水の現われ、水の政治なのです。愛を中心とする天人は、常に神を太陽として仰ぎ、智を中心とする天使は、常に神を月として仰ぐ。月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何(いかん)によるのであって、神は常に光と、熱として接し給うのです。またそれは、大いなる歓喜として現われ給う。光と熱とは、太陽そのものではありません。太陽は、火と現われ、月は、水と現われますが、その内奥はいずれも大歓喜です。光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばなりません。このことをよく理解するが故に、天国の政治は、常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜するのです。天国の太陽よりは、真と愛とが常に流れ出ていますが、その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たものが真と見え、愛と感じられるのみなのです。太陽の内奥は大歓喜が存在します。故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、はるかにそれらを超越した歓喜のゝが感じられるのみです。この歓喜のゝが、真・善・美・愛となって、多くの天人、天使たちには感じられるのです。歓喜は、その受け入れる天人、天使、霊人、地上人たちの持つ内質の如何によって、千変万化し、また歓喜によって統一されるということを知らねばなりません。

日月神示 光の巻 第一帖(三九七)から第五帖(四〇一)

第十八巻

 

光の巻(全八帖)

 

自 昭和二十一年二月二十四日

至 昭和二十一年七月二十七日

 

 

第一帖(三九七)

 

 「光の巻」しるしますよ。地(くに)の日月の神とは臣民のことです、臣民と言っても今のような臣民ではありません、神人(ひと)共に弥栄の臣民のことです、今の臣民も掃除すれば地の日月の神様となるのですよ、自分卑(いや)しめないように、皆々神々(かみがみ)様ですよ。

 

 もの頂く時は、柏手(かしわで)打ちて頂きなさい、神への感謝ばかりではなく、柏手は弥栄なのです、祓(はら)いです、清めですと言ってありましょう、清め清めて祓いてから頂くのです、わかりましたか。

 

 次の五の巻の謄写(とうしゃ)は四十九でよいのです、十は神よきに使います、前のも十はよきに使いましたよ、わかりましたか、皆に分けますよ、三は十二の巻の中からよきに抜きて謄写よいのです。サイトウ、ヒノ、マスナガ、カザマ、サトウ、ハヤシ、サイ、カネシゲに神示(ふで)取らせなさい。合わせて四十九の身魂(みたま)。二月二十四日、ひつ九の神。

 

 

第二帖(三九八)

 

 天之日月(あめのひつく)の大神様は別として、雨の神様、風の神様、岩の神様、荒(あれ)の神様、地震の神様、釈迦、キリスト、マホメット様、百々(もも)の神様、皆同じ所に御神体(ごしんたい)集めてマツリゴトしなさい、天(あめ)の奥山、地(くに)の奥山、皆同じです、御土(おつち)皆に分け取らせなさい。二月二十六日朝記します、ひつ九ノか三。

 

 

第三帖(三九九)

 

  今の政治は貪(むさぶ)る政治です、神のやり方は与え放しです、(渦の印)(うず)です、マコトです。今のやり方では世はおさまりません、道理ですねえ。天にはいくらでも与えるものありますよ、地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与えるものあるのですよ、惜しみなく、隈(くま)なく与えて取らせなさい、与えると弥栄えますよ、弥栄になって元に戻るのですよ、国は富んで来ますよ、神徳(しんとく)満ち満つるのです、この道理わかるでしょう。取り上げたもの何にもならないのです、捧げられたものだけがマコトです、乗り物もタダにしなさい、田からも家からも税金取らないように、年貢取り立てないように、何もかもタダです、日の光見なさい、と言ってありましょう、(金(かね)はいらないと言ってありましょう、)暮しむきのものもタダで取らせなさい、タダで与える方法あるではないですか、働かない者食うべからずと言うこと理屈です、理屈は悪です、悪魔です、働かない者にもドシドシ与えて取らせなさい、与える方法あるではないですか、働かなくても食べさせてやりなさい、何もかも与えぱなしですよ、そこに神の政治始まるのですよ、神の経済あるのです。やって見なさい、人民の算盤(そろばん)では木の葉一枚でも割り出せないでしょうが、この方(ほう)の言うようにやって見なさいな、お上(かみ)は幸(さち)で埋もれるのですよ、余るほど与えて見なさい、お上も余るのですよ、この道理わかりましたか。仕事させてくれと言って人民喜んで働きますよ、遊ぶ者なくなりますよ。

 

 皆々神の子なのです、神の魂(たましい)植えつけてあるのです、長い目で見てやりなさい、惜しみなく与えるうちに人民元の姿現われますよ。貪(むさぶ)ると悪になって来るのです、今のさま見て改心結構です、算盤捨てなさい、人民神とあがめなさい、神となります、泥棒と見るキが泥棒つくるのです、元の元のキの臣民、地(くに)の日月の神ですと言ってありましょう、六月十七日、かのととりの日、ひつ九ノか三。

 

 

第四帖(四〇〇)

 

  祀りてない時はお日様とお月様拝(おろが)みなさい、マトとしなさい。裁判所(しらす)いりませんよ、牢獄(ろうや)いりませんよ、法律いりませんよ、一家仲よくしたらいらないのです、国も同様です。そんなことすれば、世の中メチャメチャだと言うでしょうが、悪人が得すると言うでしょうが、誰も働かないと言うでしょうから、与える政治ダメだと言うでしょう、人間の小智恵(こぢえ)ですね。そこに人間の算盤の狂ったところ気づきませんか、上に立つ人もっともっと大きな心結構です、算盤なしで梶(かじ)とらせますよ、神の言う通りに進むのです、これが出来ねば一段下がって頭下げなさい、あまり大き取り違いばかりですよ、悪の守護となっているからです、ここの道理わかるまでは動きとれないのです。

 

 世界国々(くにぐに)所々(ところどころ)に世の大洗濯知らせる神柱(かみばしら)現わしてありましょう、これは皆この方の仕組ですから、皆仲よく手引き合ってやってくださいね。六月十七日、かのととり、火つ九のか三。

 

 

第五帖(四〇一)

 

  病神(やまいがみ)がそこら一面にはびこって、隙(すき)さえあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画ですから、よほど気をつけていて下さいね。大臣(おとど)は火と水と二人でよいのです、ヤとワと言ってありましょうが、ヤ、ワ、は火の中の水、水の中の火ですよ、後はその手伝いです、手足です、役人自(おのずか)ら出来るのです。役は役です、今までは神国(ぐに)と外国に分かれていましたが、いよいよ一つにまぜまぜにして、クルクルかき廻して練り直して、世界一つにして、自ら上下(うえした)出来て、一つの王で治めるのです。

 

 人民はお土でこねて、神の息入れてつくったものですから、もうどうにも人間の力では出来ないようになったらお地(つち)に呼びかけなさい、お地(つち)にまつろいなさいな、お地(つち)は親ですから、親の懐(ふところ)に帰って来なさい、嬉し嬉しの元のキ甦りますよ、百姓から出直しなさい。ミロク様とはマコトの天照皇大神(アマテラススメラオオカミ)様のことですよ、六月十七日、一二(不明記号)。

日月神示 光の巻 第六帖(四〇二)から第八帖(四〇四)

第六帖(四〇二)

 

 今に世界の臣民人民誰にもわからないようになって、上(あ)げも下(お)ろしもならないことになって来て、これは人民の頭や力でやっているのではないのだということハッキリして来るのですよ。何処(どこ)の国、どんな人民も、成程(なるほど)ナアと得心(とくしん)のゆくまで揺すぶるのですから。

 

 今度は根本の天の御先祖様の御霊統(ごれいとう)と、根本のお地(つち)の御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ神とユダヤ神と一つになりなされて、末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのです、今の臣民には見当とれない光の世とするのです、光りて輝く御代(みよ)ぞ楽しけれ、楽しけれ。

 

 悪い者殺してしまって善い者ばかりにすれば、善き世が来るとでも思っているのか、肉体いくら殺しても、霊(れい)までは、人民の力ではどうにもならないでしょうに。元の霊まで改心させねば、今度の岩戸開けないのですよ、元の霊に改心させず、肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとしても出来はしません、それくらいわかっておりましょうに、わかっていながら、ほかに道ないと、仕方ないと手つけずにいますが、悪に魅入(みい)られているのですよ。

 

 悪は改心早いのです、悪神(あくがみ)も助けなければなりません、霊から改心させなければなりません、善も悪も一つです、魂(たま)も身も一つです、天地(あめつち)ですとくどう知らせてありましょう。どんなよいこと喜ばして読ましても、聞かせても、今の臣民人民なかなか言うこときかないものです。この道に縁(ゆかり)ある者だけで型出しなさい、カタでよいのですよ。天明は神示(ふで)書かす御役です。六月三十日、一二の(不明記号)。

 

 

第七帖(四〇三)

 

 アは元のキの神の子です。ヤとワは渡りて来た神の子です。(〇の中にヤ)(〇の中にワ)は渡りて来る神の子ですよ。十の流れ、十二の流れと今にわかる時来ますよ、三ツ巴(どもえ)現われますよ、メリカ、キリスも、オロシヤも、世界一つに丸めて一つの王で治めるのですよ、外国人も神の目からはないのですよ。今一度戦ありますよ。早く目覚めて、毛嫌いせずに、仲よく御用結構です。

 

 龍宮の乙姫殿、岩の神殿、荒(あれ)の神殿、世界の片端(かたはし)からいよいよに取りかかりなされているのですから、世界の出来事気をつけて、早く改心結構です。(不明記号)(ス)と二(フ)と四(ヨ)との大きな戦あると知らせてありましたが、いったんは二(フ)と四(ヨ)との天下になるところまで落ち込みます、行く所まで行って、ナの身魂(みたま)とノの身魂の和合一致出来てから、スの身魂が天下統一、世界一平(いったいら)となるのですよ。いよいよ大峠、取り上げにかかるのですよ。七月の十九日、一二のか三。

 

 

第八帖(四〇四)

 

 何によらず不足あったら、神の前に来て不足申して、心カラリと晴らしなさい、どんなことでも聞くだけは聞いてあげますよ、不足あると曇り出ますよ、曇り出ると身魂曇るから、身魂苦しくなって天地曇るから、遠慮いりません、この方(ほう)に不足申しなさい、この方親であるから不足一応は聞いてあげますよ。気晴らしてカラリとなって天地に働きなさい、心の富士晴れますよ、始めの岩戸開けますよ。

 

 早呑(の)み込み大怪我の元、じっくりと繰り返し繰り返し神示(ふで)読みなさいな、神示肚(はら)の肚に入れなさい、神示が元です、今度は昔からの苦労のかたまり、生き魂(たま)でなければ御用難しいのです。世のたとえ出て来ますよ。神が人の口使って言わせてあるのですよ。神国(かみぐに)は神力(しんりき)受けねば立ちては行けません、神なくして神力ないのです、神なくなれば丸潰(まるつぶ)れです。

 

 まわりに動く集団(まどい)早く作りなさい。数で決めようとするから数に引かれて悪となるのです、数に引かれ困らないよう気をつけなさい。この神示解くのはタマでなければ、少しでも曇りあったら解けませんよ。悪に見せて善行わなければならないことありますよ。この行(ぎょう)なかなかですよ。

 

 この世の鬼平らげるのです。鬼なき世となるのです、わかりましたか。キリストの取次(とりつぎ)さん、仏(ぶつ)の取次さん、今のうちに改心結構です、丸潰れ近づいているのに気づきませんか。

 

 同じ名の神二つありますよ。人民三つ四つにも拝んでいますよ、文(ふみ)出すのもよいですが、神示読むのが先です。神第一ですと言ってありましょう。暫(しば)し待ちなさい、世界の文(ふみ)出す時来ますよ。アワの様な今の文(ふみ)何にもなりませんよ、時待てと言ってありましょう、この巻から謄写(とうしゃ)もなりませんよ、時来るまで写して皆に分け取らせなさい。七月の二十七日、ひつ九のか三。三年の立て替えですよ。

 

<『光の巻』了>

日月神示 まつりの巻 第一帖(四〇五)から第八帖(四一二)

第十九巻

 

まつりの巻(全二十三帖)

 

自 昭和二十一年八月八日

至 昭和二十一年八月三十一日

 

 

第一帖(四〇五)

 

 五つに咲いた桜花、五つに咲いた梅の花、どちら採(と)る気ですか。今までの教(おしえ)ではこの道わかりませんよ、ますます食う物なく曇りてきますよ、その国その所々(ところどころ)で当分暮らし向き出来ますよ、野見なさい、森見なさいと言ってありましょう、青山も泣き枯る時来ると言ってありましょう、海川も泣き枯る時来ますよ、まだ気づかず我(われ)さえよければよいと、我(わ)れ善(よ)ししている人民、神々様、気の毒来ますよ、今までは神も仏も同じだと言っていましたが、神と仏は違うのですよ、十(かみ)の動くが卍(ほとけ)です、卍の動くが(渦の印)です、(渦の印)の澄(す)みきりが神です、神と仏と臣民とは違うのです。八月八日、一二(不明記号)。

 

 

第二帖(四〇六)

 

 これまでは「いろは」でしたが、いよいよ「一二三(ひふみ)」の力加わりますよ、「いろは」はやさしいが「一二三」は荒(あら)いから、荒事(あらごと)もするから、その覚悟致してくださいね、その覚悟よいですか、汚い心捨てていると、小さい心大きくなりて自分でもびっくりするよう、結構が来ますよ。警察いらんと言ってありましょう。八月九日、一二(不明記号)

 

 

第三帖(四〇七)

 

 旧九月八日からの誓(ちかい)の言葉知らせます。

 

 御三体(ごさんたい)の大神様(おおかみさま)、御三体の大神様、天(あめ)の日月(ひつく)の大神様、雨(あめ)の神様、風(かぜ)の神様、岩(いわ)の神様、荒(あれ)の神様、地震(じしん)の神様、地(くに)の日月の大神様、世の元からの生神(いきがみ)様、百々(もも)の神様の大前に、日々弥栄(にちにちいやさか)の大息吹(おおいぶき)、御守護弥栄(ごしゅごやさか)に御礼(おんれい)申し上げます。この度(たび)の三千(さんぜん)世界の御神業(ごしんぎょう)、いやが上にも千万弥栄(せんまんいやさか)の御(おん)働き、祈り上げます。三千世界の神々様、臣民人民、一時(ひととき)も早く改心致し、大神様の御心(みこころ)に添(そ)い奉(たてまつ)り、地(くに)の日月の神と成りなりて、全(まった)き務め果たしまするよう、何卒御守護願い上げます。そがため、この身この霊(たま)は、如何様(いかよう)にでもお使い下さいませ、何卒三千世界の神々様、臣民人民が、知らず知らずに犯しました罪、穢(けが)れや過(あやま)ちは、神直日大直日(かむなおひおおなおひ)に見直し聞き直し下さいますよう、特にお願い申し上げます。元津神(もとつかみ)えみため、えみため。八月十日、一二(不明記号)

 

 

第四帖(四〇八)

 

 世こしらえてから臣民の種植えて、臣民つくったのです。世、こしらえた神々様は「ながもの」の御(おん)姿です、今に生き通しです。神が見て、これならという身魂に磨けたら、神から直々の神つけて、天晴(あっぱ)れにしてあげますから、御用見事仕上げさせますよ、臣民ばかりでは出来ない三千世界の大洗濯、誰一人落しとうもない神心、皆揃うてお蔭やりたや、喜ぶ顔見たや、遠い近いの区別なし、皆々我が子です、可愛い子です、早う親の心汲み取りなさいな、八月十一日、一二(不明記号)

 

 

第五帖(四〇九)

 

 肉体一(はじめ)苦しめたら、今度その守護神にはそれだけの見せしめせなならんことになっているのです。神憑(かみが)かりでまだ世界のこと何でもわかると思っている人民、気の毒出来ますよ。八百八光(はっぴゃくやこう)の金神(こんじん)殿、いよいよにかかりなされました。出雲(いずも)の大神様、この世構いなさる大神様なり、その所得(ところえ)ない者、人民ばかりでないのです、三千世界の迷うミタマに所得さして、嬉(うれ)し嬉しに祀りてやりなさい、コトで慰め弥栄(やさか)えしめよ、コトまつりて神の列(つら)に入れしめよ。その国々ぞ、頭(あたま)々で、祀り結構です、祀りくださいね。邪祓(じゃはら)うとは、邪無くすることではありません、邪を正しく導くことです、追い払わないように、まつろいなさい。引き寄せて抱き参らせなさい、取り違いしてはならない大切事(たいせつごと)です、八月十二日、一二(不明記号)

 

 

第六帖(四一〇)

 

 取られたり、取り返したり、こねまわし、終わりは神の手に甦(よみがえ)る。世の元の真清水湧(ましみずわ)きに湧くところ、やがて奥山遷(うつ)さななりません。神示(ふで)わかる臣民二三分出来たなら、神いよいよのとどめ刺します。三界(さんがい)を貫く道がマコトです、マコトの道は一つです。神界の、マコト隠れし今までの、道はマコトの道でないのです。鬼(おに)、大蛇(おろち)、草木動物虫けらも、一つにえらぐ道がマコトです。八月十三日、一二(不明記号)

 

 

第七帖(四一一)

 

 金(かね)いらないことになると言ってありましょうが、世界の人民皆青くなって、どうしたらよいかと何処(どこ)尋ねてもわからないこと近づきました、早うこの神示(ふで)読ましてくださいね、神の心が九分通り臣民にわかったら、神の政治わかるのです、与える政治いくらでもあるのです、一通りと思わないように、時と所によっていくらでもあるのです、つまることない神の政事(まつりごと)です。人民の政治、神国(かみぐに)には用いられないのです、三千世界天晴れの政治早う心得て、まつりてくださいね。悪神(あくがみ)の眷族(けんぞく)はまだよいのです、箸にも棒にもかからない、話のわからない動物霊に化(ば)かされて、玩具(おもちゃ)にされていて、まだ気づかないのですか、神はいつまでも待たれないから、こんな身魂(みたま)は一所(ひとところ)に集めて灰にするよりほかないから、心得ておりて下さいね。八月十四日、一二(不明記号)

 

 

第八帖(四一二)

 

 旧九月八日で一(ひと)切りです、これで一(はじめ)の御用は済みました、八分通りは落第です、次の御用改めてさせるから今度は落第しないよう心得てくださいね。何もかも神は見通しですから、神の仕組、人民で遅れないよう気つけて結構致し下さいね。

 

 二(つぎ)の仕組、御用は、集団(まどい)作りでよいのです。元はそのままにしておかなければなりませんよ、天明まだまだ神示の御用結構です、阿呆(あほう)結構です、利口(りこう)出ると壊れます。天明ばかりではありません、皆同様です、皆利口になったものですねえ、くどう神に物申させないように。八月十五日、一二(不明記号)

日月神示 まつりの巻 第九帖(四一三)から第十六帖(四二〇)

第九帖(四一三)

 

 上(かみ)は上、中(なか)は中、下(しも)は下の道と定まっているのです、まぜこぜなりません、ちゃんと礼儀作法正しく致さな神の光出ませんよ。世に落ちていた鏡、世に出ますよ。八月十六日、一二(不明記号)

 

 

第十帖(四一四)

 

 日本の人民の身魂(みたま)が九分九分九厘まで悪になりているから、外国を日本の地に致さねばならんから、日本の地には置かれんから、どんなことあっても神はもう知りませんよ。八月十六日、一二(不明記号)

 

 

第十一帖(四一五)

 

  村々に一粒二粒ずつ因縁身魂落としてあります、芽生えて来ますよ。日々天地(にちにちてんち)に、臣民お詫び結構です、地拝(つちおろが)みなさい。神国の臣民は神国の行、霊国(れいのくに)は霊国の行。八月十六日、一二(不明記号)

 

 

第十二帖(四一六)

 

 肉体あるうちに身魂構うてもらわねば、今度身魂磨けて来たら末代(まつだい)のこと、末代結構だから、それだけに大層だから、お互いに手引き合って、磨き合って御用結構です、分け隔(へだ)てなりませんよ、わからない者はチョンに致しますよ。元のキのことは、元のキの血筋でないとわかりません、わかる者はわからなければなりません、わからない者はわからないのがよいのです。何事も人民にわかりかけ致さな、物事遅れますよ、十年遅れると言ってありますが、遅れるとますます苦しくなるから、遅れないよう結構したいのですが、大層な肝腎要(かんじんかなめ)は神々様にも言えないことですが、言わないうちにわかってもらわねば、知らしてからでは十人並です、それでは神の元のコトは言えません、元の身魂に輝きます。八月十七日、一二(不明記号)

 

 

第十三帖(四一七)

 

  地(くに)の火水(ひみつ)、地(くに)の日月の大神、黒住殿、天理殿、金光殿、大本殿、祀りください、併(あわ)せて七神(ななかみ)、山に祀り結構致してください。八月十八日、一二(不明記号)。

 

 

第十四帖(四一八)

 

  旧九月八日から、祀り、礼拝、スックリ変えさせますよ、神代(かみよ)までにはまだまだ変わるのですよ。祓いは祓い清めの神様にお願いして、北、東、南、西の順に柏手(かしわで)四つずつ打ちて祓い下さいね。神国の乱れ、声、キから。世界の戦(いくさ)、天災、皆人民の心からです。人民一人に一柱(ひとはしら)ずつの守護神つけありますよ、日本真中(まなか)、ボタン一つで世界動きます。八月十九日、一二(不明記号)

 

 

第十五帖(四一九)

 

  旧九月八日からの当分の礼拝の仕方書き知らせます。

 

 大神様には、まず神前に向かって静座し、しばし目つむり、気静め、一揖(ゆう)、一拝二拝八拍手、数歌(かずうた)三回、終わりて「ひふみ」三回宣(の)りあげ、天(あめ)の日月の大神様、弥栄(やさか)ましませ、弥栄(いやさか)ましませ、地(くに)の日月の大神様、弥栄(やさか)ましませ、弥栄(いやさか)ましませと宣りあげ、終わって「誓(ちかい)の言葉」誓いなさい。終わりて神のキ頂きなさい、三回でよいのです、終わりて八拍手、一拝、二拝、一揖しなさい、次に神々様には、一揖、二拝、四拍手、数歌三回宣りて、百々諸々(もももろもろ)の神様、弥栄(やさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ、と宣りあげ、終わりて「誓の言葉」誓いなさい。終わりて四拍手し、二拝、一揖しなさい。霊(たま)の宮には、一揖、一拝、二拍手、数歌一回、弥栄(やさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませと宣(の)り、二拍手、一拝、一揖しなさい、各(おの)も各もの御霊(みたま)様には後で「ミタマ祝詞」するもよいのです。八月二十日、一二(不明記号)。

 

 

第十六帖(四二〇)

 

  日本の人民よくならねば、世界の人民よくなりませんよ、日本の上の人よくならねば日本人よくなりませんよ。祈る土地八つつくりなさい。専一(せんいつ)、平和祈らなければなりませんよ、そのくらいわかっておりましょう。今では口ばかりです、口ばかり何もなりません、マコト祈らなければなりませんよ。真中の国、真中に、膝まずいて祈り事しなさい。今度のお蔭(かげ)は神示よく読まねば見当取れないのです。神はその人民の心通りに写るのですから、因縁深い者でも御用出来ないこともありますから、よほどしっかり致しておりて下さいね。八月二十日、一二(不明記号)

日月神示 まつりの巻 第十七帖(四二一)から第二十三帖(四二七)

第十七帖(四二一)

 

 集団(まどい)のアは神示(ふで)です、ヤとワとは左(ひだり)と右(みぎり)です、教左(きょうさ)と教右(きょうう)です、(〇の中にヤ)と(〇の中にワ)はその補(たすけ)です、教左補(きょうさほ)、教右補(きょううほ)です、ヤの補は(〇の中にワ)です、ワの補は(〇の中にヤ)です、ア、ヤ、ワ、(〇の中にヤ)、(〇の中にワ)、が元です、その下に七人と七人です、正と副です、その下に四十九人です、わかりましたか、集団弥栄々々。イシイ、ショウダ、カサイ、タケウチ、ご苦労です。イシカミ、イシモト、イトウ、カジワラ、カンベ、ミエダ、ツヅキ、ご苦労。オダ、カドタ、カワムラ、タカタ、サトウ、カツ、カトク、ササキ、ご苦労。アラキ、オオツマ、イソベ、マスナガ、ニカ、ハヤシ、アサカワ、スドウ、カキザキ、キムラ、コマツバラ、アイダ、カイ、ナカジマ、イノ、カネシゲ、カザマ、カワダ、サイトウ、サイ、タカギ、ヤノ、ニシザワ、オガワ、カシマ、ハギワラ、イシイ奥、ショウダ奥、オダ奥、天明奥、かねて併せて四十九、九の柱。残る神示、天明よきにせよ。皆御苦労ながら、次の御用手引き合って、天晴れやりて下さいね、集団つくってよいのです。強く踏み出しなさい、くどいようなれど元はそのままですよ。今度の御用は一つの分かれの御用です、神示よく読むのです、身魂の性来(しょうらい)だんだんわかりて来ますよ、万民御霊(みたま)祀りの御用からかかりてくださいね、顕(うつ)し世のそれの御用、結構ひらけ輝きますよ。八月二十八日、一二(不明記号)

 

 

第十八帖(四二二)

 

  何(ど)の身魂も我(が)の強い身魂ばかり、よく集まったものだと思うでしょうが、その我の強い者がお互いに我を折りて、融(と)け合って物事成就するのです。旧九月八日までにスックリと祀りかえてくださいね。真中に御三体(ごさんたい)の大神様、御三体(ごさんたい)の大神様、天(あめ)の日月の大神々様、地(くに)の日月の大神々様、雨の神様、風の神様、岩の神様、荒の神様、地震の神様、弥栄(いやさか)祀り結構です、その左に万霊(よろずたま)の神様、世の元からの生神様、百々(もも)の神様、産土様、よきに祀り、結構致し、祀り始めくださいね、その右に地(くに)の日月の神々様、霊(たま)の諸々(もろもろ)の神様、篤く祀り結構です。八月二十九日、一二(不明記号)

 

 

第十九帖(四二三)

 

  龍宮(りゅうぐう)の乙姫(おとひめ)様が神力(しんりき)天晴れです、金神(こんじん)殿お手伝い。外国では日の出の神様。神界、幽界、現界、見定めて神示読まねば、表面(うわつら)ばかりでは何もなりませんよ、気つけて結構です。神が物申すうちに聞くものです、帳面切ったら申しませんよ。悪と学は長くは続かないこと、そろそろわかって来ますよ。八月二十九日、一二(不明記号)。

 

 

第二十帖(四二四)

 

  神々(かみがみ)様の大前に申し上げます。この度の岩戸開きの御神業に、なお一層の御活動願い上げます。大神様の大御心(おおみこころ)と御心(みこころ)併せなされ、いと高き神の能(はたらき)願い上げます。世界の民等(たみら)が日々犯しました罪、穢れ、過(あやま)ちは、何卒神直日大直日(かむなおひおおなおひ)に見直し聞直し下さいまして、この上ながらの御守護願い上げます。これは神々様への誓ですよ。八月二十九日、一二(不明記号)。

 

 

第二十一帖(四二五)

 

  立て替えが十年延びたと知らしてありますが、立て替え遅くなりて、それから立て直しにかかりたのでは人民丸潰(まるつぶ)れとなるから、立て直し早う早うかかるからと聞かしてありますが、人民にはなかなかわからないのですが、世界の動きよく見て御用(ごよう)結構です。世の立て替えは水の守護、火の守護と知らしてあること忘れずに神示(ふで)読みなさい、所々の氏神(うじがみ)様は日本の内(うち)で御用なさるのです。どんな集団(まどい)も神示元(もと)です、神示で開かななりませんよ、智や学も要りますが、智や学では開けませんよ、マコトで開いて下さいね。八月三十日、一二(不明記号)

 

 

第二十二帖(四二六)

 

  「八岐大蛇(やまたのおろち)」を始め、悪の神々様祀りくれよ、心して結構に祀り始め下さいね。このこと役員のみ心得よ、岩戸開く一つの鍵です、この巻、まつりの巻。八月三十日、一二(不明記号)

 

 

第二十三帖(四二七)

 

 悪が善に立ち返りて弥栄なるように、取り違えなきよう祀りくださいね、御用大切です。八月三十一日、一二(不明記号)

 

 

<『まつりの巻』了>

日月神示 梅の巻 第一帖(四二八)から第七帖(四三四)

第二十巻

 

梅の巻(全二十八帖)

  

自 昭和二十一年九月二十八日

至 昭和二十一年十二月十四日

 

 

第一帖(四二八)

 

 今度の立て替えは敵(てき)と手握らねばならないのです、敵(かたき)役の神々様、人民よ、早く訪ねなさいな、この方待ちに待ちていますよ。引っ張ったのでは、心からでないと役に立たないのですよ、この神示(ふで)十三の巻(まき)からは、肚(はら)の中の奥まで見抜かんでは、見届けんでは、見せて下さるなよ、今にいろいろと身魂(みたま)集まって来るから、十二の巻も申し付けあるようにちゃんとしておいて下さいね。御剣(みつるぎ)の大神、黄金(こがね)の大神、白銀(しろがね)の大神と唱えまつれ結構結構です、結構致しまつりてくださいね、大蛇(おろち)、九尾(きゅうび)、邪鬼(じや)の三大将殿の御力(おんちから)まつりて、弥栄(いやさか)よくよきに動きます、ひらけ輝きますよ、光の御代(みよ)となりますよ。九月二十八日、ひつ九の神。

 

 

第二帖(四二九)

 

  替(か)え身魂(みたま)いくらでもつくりありますよ、心して取り違いしないように神の心早く汲みとりなさい、この方(ほう)の仕組、人民にはわからないから、どうなることかと役員も心配なさりますが、仕上げりゅうりゅう見て下さい、めったに間違いないのですよ。

 

 うまい口に乗らないように、うまい口を今に待って来ますが、うまい口に乗らないように、うまい口にはマコトないから、この方(ほう)三千世界の御道(おみち)はマコトよりないと言ってありましょう、真実(まこと)のマコトは神示(ふで)読まねばわからないのです。

 

 ひつくの民(たみ)の家(うち)には御神名(ごしんめい)か御神石(ごしんせき)か、御神体として、代表の大神様として天(あめ)の日月(ひつく)の大神様、地(くに)の日月の大神様と唱え斎(いつ)き祀り結構致してくださいね、一の宮、二の宮などの祀り天明に知らしてありますよ。道院殿、老祖(ろうそ)様は中の宮に、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいのです、いずれも弥栄弥栄(やさかいやさか)です。九月二十八日、ひつ九の神。

 

 

第三帖(四三〇)

 

  皆の者御苦労です。「世界の民の会」つくりなさい、人民拝み合うのです。皆にまつろえと言ってありましょう。集団(まどい)つくれつくれ、皆拝(おろが)み合うのです、集団のしるしは神です、拝み合うだけの集団でよいのです。理屈悪です、こんなこと言わなくてもわかっているでしょうが、神示読みなさい。十月八日、ひつ九のか三しるす。

 

 

第四帖(四三一)

 

 この神示食い物にしようとて出て来る者だんだんありますが、皆当て外れてしまいますよ、当て外れて神の目的成りますよ、役員殿不調法(ぶちょうほう)ないように気つけてくださいね、まつり結構。神が預けてあるものは、預かった人民よきに取りはからいなさいな、大き小さいの区別ありませんよ、塵(ちり)一本でも神のものざと言ってありましょう、塵一本動かすに、いちいち神の心聞いてやっているとは言わせませんよ、預けるには預けるだけの因縁あるのですよ、預かった人民よきにしなさい、奥山何処に移ってもよいと言ってありましょう、神の道弥栄。十月十三日、ひつ九のか三。

 

 

第五帖(四三二)

 

  ニニギの命(みこと)お出ましです、ニニギとは二二(ふじ)のキの御役(おんやく)ですよ。神憑(かみが)かりで世界中のこと何でもわかるように思っていると、とんでもないことになりますよ、このままにして放っておくと、戦(いくさ)済んだでもなく、とどめも刺せん、世界中の大難となるから早う改心結構です。悪の上(うえ)の守護神、中(なか)の守護神、下(しも)の守護神の改心出来ん者はいくら可愛い子だとて、容赦(ようしゃ)出来ませんよ、いよいよ天の大神様の御命令通りに神々様総がかりですよ。十一月十六日、ひつ九のか三。

 

 

第六帖(四三三)

 

  雨(あめ)の神、風(かぜ)の神、岩(いわ)の神、荒(あれ)の神、地震(じしん)の神、百々八百万(ももやおよろず)の神々様、御(ご)活動激しくなりました、人民目開けておれないことになりますよ、出来るだけおだやかに致したいのですが、わかりた臣民日々(にちにち)お詫びお祈り結構致してくださいね、大峠となりてからでは、いくら改心致しますと言っても、許してくれと言っても、許すこと出来ないから、日本には日本の守護の神、支那には支那、外国には外国の、それぞれの守護の神あること忘れないように。神々様、持ち場持ち場清めてくださいね。御役(おやく)結構です。十一月十六日、ひつ九のか三。

 

 

第七帖(四三四)

 

 四十七と四十八で世新しくしますよ、三人使うて三人世の元と致しますよ、三人を掘り出しますよ。世に落ちて坐(ま)す神々様、人民様を世にお上げせんななりません。悪神の国から始まって世界の大戦(おおいくさ)いよいよ激しくなって来ます。何事も清めください、清めるとはまつろうことです。十一月十六日、ひつ九のか三。

日月神示 梅の巻 第八帖(四三五)から第十六帖(四四三)

第八帖(四三五)

 

 口と心と行(おこない)と三つ揃ったら今度は次にゝ入れてくださいね、ゝは(不明記号)です、神示(ふで)です、神示元(もと)です、と言ってありましょう、三つ揃っても肝腎(かんじん)の神示肚に入っていないと何にもならないことになりますよ。九分九分九厘となっていることもわかるでしょうが、御用勇んで仕えまつりなさい。

 

 目覚めたらその日の生命(いのち)頂いたのだと言ってありましょう、新しき生命弥栄に生(あ)れるのです。今日一日(ひとひ)神に仕えまつりなさい、与えられた仕事御用です、生命です、取り違いしないように。七月になると上の人民番頭殿、顔の色悪くなって来ますよ。八、九月となればいよいよ変わって来ますよ、秋の紅葉(もみじ)の色変わりますよ。

 

 いくら因縁あっても身魂曇っていると今度は気の毒出来ますから、今度引き寄せられた人民だとて、役員だと言っても、ちっとも気ゆるし出来ません。澄(す)んだ言霊(ことだま)で神示読み上げてくださいね、三千(さんぜん)世界に聞かすのです、そんなことで世が良くなるかと人民言うでしょうが、神の申す通り、わからないでも神の言う通りにやって下さいね、三千世界に響き渡って神々様も、臣民人民様も、心の中から改心するようになるのですよ、世が迫っていることは、どの神々様にも人民にもよくわかっていて、マコト求めているのです、マコト知らせてくださいね。

 

 何もかも一度に出て来ます、日増しに激しくなって来ますよ、どうすることも出来ないように、悪〇ゝ、悪の人民、手も足も出せないことに、(何から何まで、何が何だかわからないことに)折り重なって来ますよ、キリキリ舞いしなければならないことになって来ますよ、キリキリ舞いにも良きと悪しきとあるのです、良きは結構ですねえ、中々です。十一月十六日、一二(不明記号)。

 

 

第九帖(四三六)<第十帖(四三七)?>

 

  肉体がこの世では大切ですから、肉体を傷つけたら苦しめたら、その守護神は、それだけのメグリ負うのですよ、霊々と言って肉体苦しめてはなりませんよ、今の人民とっておきのマコトの智ないから、持っている智を皆出してしまうから、上面(うわべ)ばかり飾って立派に見せようとしているから、いざという時には間に合わないのです、上面しか見えないから、マコトのことわからないから、神の言うことわからないのも道理ですねえ。

 

 立て直しの仕組、立派に出来ているから心配しないように、立て替え延ばしに延ばしている神の心わからないから、あまり延ばしては丸潰れに、悪のワナに落ちるから、とどめの一厘の蓋(ふた)開けるから、目開けておれんことになるのですよ、早く知らせる人民には知らせてあげなさい、まず七人に知らせなさいと言ってありましょう。ひつ九のか三。

 

 

第十帖(四三七)<第九帖(四三六)?>

 

 悪いことは蔭口(かげぐち)せずに、親切に気つけ合って仲良う結構です、蔭口世を汚し、己汚すのですよ、聞かない人民は時待ちて気つけてくださいね、縁ある人民、皆親同胞(おやはらから)です、慢心、取り違い、疑いと我(が)が、この道の大き邪魔となるのですよ、くどいようですが繰り返し繰り返し気をつけるように。

 

 時来たら説き出すものです、親の心察して子から進んでするものですよ、その心よきに幸(さき)わうのです、もの聞くもよいですが、聞かなくてはわからないようでは幽国(がいこく)身魂です、神の臣民、親の心うつして言われない先にするものですよ。世は神界から乱れたのですよ、人間界から世立て直して、地(くに)の岩戸人間が開いて見せると言うほどの気魄(きはく)なくてはならないのです、その気魄幸(さき)わうのですよ、岩戸開けますよ。十一月十六日、ひつ九の神。

 

 

第十一帖(四三八)

 

  日本の上に立つ者に外国の教え伝えて外国魂にしたのは、今に始まったことではありません、外国の性根(しょうね)入れたのが岩戸閉めですよ、五度(ごたび)です、わかりましたか。それを元に戻すのですから今度の御用中々です、中つ枝(え)からの神々様にはわからないことだと言ってあることもガッテン出来るでしょう。

 

 この神示肚に入れておれば、どんなことあっても先に知らせてあるから心配ないのです、ソレ出たとすぐわかるから、胴すわっているから何事も結構にお蔭頂くのです。死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時は遊べ遊べ、嬉し嬉しですよ。十一月十六日、ひつ九のか三。

 

 

第十二帖(四三九)

 

  万物の長(ちょう)とは神の臣民のことです、世界の人民も皆万物の長ですよ、この世の神は臣民です、神に次いでの良い身魂です、臣民は地(くに)の日月の神様です。火の粉でやけどしないように、気つけてくださいね。世に出ている守護神のすること知れていますよ。元の生き神様御一方御力(おんひとかたおちから)出しなされたら手も足も出ないことになるのです、神力(しんりき)と学力(がくりき)とのいよいよの力くらべです、元の生き神様の御(おん)息吹き、どんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならないことになったのです、肉体ばかりか、魂まで無(のう)になるやも知れませんよ、震え上がりますよ。(不明記号)が(不明記号)です。(不明記号)が(不明記号)の御はたらきですと言ってありましょう。十一月十六日、ひつ九のか三。

 

 

第十三帖(四四〇)

 

  天(あめ)の岩戸ばかりではないのです、地(くに)の岩戸臣民の手で開かなければならないのです、マコト一つで開くのです、マコトの手力男(たぢからお)の神、マコトの宇受女(うずめ)の命殿(みこと)、御用結構です。騙(だま)した岩戸開きでは騙した神様お出ましです、この道理わかりませんか、取り違い禁物です、生まれ赤子の心になればわかるのですよ。今の臣民、お日様明るいと思っていますが、お日様、マコトの世のマコトのお日様どんなに明るいか見当とれないでしょう。見ていなさい、見事な世と致して御目(おんめ)にかけましょう。

 

 神示読んで聞かせてあげなさい、嫌な顔する人民後まわしです、飛びつく人民縁あるのです、早く読み聞かす神示より分けておいて下さいね、間に合いませんよ、御無礼ないようにしてくださいね。十一月十七日、一二のか三。

 

 

第十四帖(四四一)

 

 日本には五穀、海のもの、野のもの、皆人民食いて生くべき物、作らしてあるのですよ、日本人には肉類禁物です。今に食い物の騒動激しくなると言ってあること忘れないように、今度は共喰(ともぐ)いとなるから、共食いしてはならないから、今から心鍛えて(食い物大切にせよ)、食い物拝(おろが)む所へ食い物集まるのですよ。ひたすらに神にすがりてお詫びしなさい、それより外に今は道なし。

 

 外国を日本の地面にしなければなりません、日本とにほんを取り違いしないように。何事も神第一です、神よそに為すこと言うことスコタンばかりです。分け隔(へだ)てあると思うは我が心に分け隔てあるからですよ、世界中のそれぞれの国、皆氏神(うじがみ)様、産土(うぶすな)様、いよいよ天の命令通りにかかり下さいね、もう待てないことに時節参っていますよ、世界の人民皆泥海の中に住んでいるのですよ、元の水流して清めてやらねばならないのですが、泥水を泥水と知らずに喜んでいるので始末に困るのです、清い水に棲(す)めない魚(うお)はマコトの魚ではないのです。つらい役は因縁の身魂にさせますよ。心得(こころえ)なさい。十一月十七日、ひつ九のか三。

 

 

第十五帖(四四二)

 

  このままで世持ちて行かんということわかっておりましょうが、所々の氏神様、今までの様な氏子の扱いでは立ちて行きません、天の規則通りにやり方変えて下さいね、間に合わないことあります。血尊びなさい、血は(不明記号)です(不明記号)です、血にごしてはなりませんよ、血は混ぜこぜにしてはなりませんよ、黄金(こがね)は黄金の血、白銀(しろがね)は白銀の血、黄金白銀混ぜ混ぜて、別の血つくってはならないのです、外国には混ぜこぜもありますが、元を混ぜこぜなりませんよ、混ぜることは乱すことです、学はこの大事な血乱すように仕組みてあるのです、それが良く見えるようにしたのは悪神(あくがみ)です、人民の目くらましているのです、科学科学と人民言っていますが、人民の科学では何も出来ません、乱すばかりです、神に尋ねて神の科学でないと何事も成就しませんよ、わからなくなったら神に尋ねと言ってあること忘れないように、一に一足す二ばかりとは限りません、わかりましたか。十一月十八日、ひつ九のか三。

 

 

第十六帖(四四三)

 

  神代(かみよ)になりたら天地近くなりますよ、天も地も一つになるのですよ、今の人民にはわからないでしょうが、神も人も一つ、上も下も一つとなって自(おの)ずから区別出来て、一列一平上下(いちれついったいらうえした)出来るのですよ。この世は放っておいても自然にどうにか動いて行くものだと上に立つ守護神逃げていますが、そんなことで政事(まつりごと)出来ると思っているのですか、自然には動きませんよ、その奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥のキのイキから動いていることわからないでしょう、人民の思っていることは天地の違いですよ、ゝの中にまた〇(タマ)があり、その〇(タマ)に(不明記号)があり(五回繰り返し)限り無いのですよ。人民の研究もよいのですが、研究は神です。道にひたすら仕えまつりなさい、拝(おろが)みなさい、研究ではマコトのことわからないのです、我(が)折りてわからないことは神の言うこと聞くのですよ、わからないでも聞いて下さいね、悪いようには致しませんよ。まつれまつれとくどう言ってありましょう、我捨てて拝めば、神のキ通じて何でもわかって来るのですよ。十一月十八日、ひつ九の神。

日月神示 梅の巻 第十七帖(四四四)から第二十一帖(四四八)

第十七帖(四四四)

 

 今の人民少しは神示わかっておらんと恥ずかしいこと出来て来ますよ、情けないこと出来てきますよ、悔しさ目の前ですよ。次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立(おおくにとこたち)の大神様、御先祖様なり、天の御先祖様この世の始まりなり、お手伝いが弥栄(やさか)のマコトの元の生き神様なり。仕上げ見事成就させます、御安心なさい。天も晴れます、地も輝きます、天地一つとなってマコトの天と成(な)り鳴(な)り、マコトの地と成り鳴り、三千世界一度に開く光の御代(みよ)ぞ楽しけれ、あな爽(さや)け、あなすがすがし、あな面白や、いよいよ何もかも引き寄せるからその覚悟よいですか、覚悟しなさい、あな爽け、あなすがすがし、四十七と四十八と四十九です、十二月四日、ヒつ九のか三しるす。

 

 

第十八帖(四四五)

 

 自分で自分のしていることわからないでしょう、神がさせているのですから、人間の頭ではわかりません、仕組通りに使われて身魂の掃除の程度に使われて、使い分けられているのですよ、早く人間心捨ててしまって神の言う通りに従って下さいね、それがあなたの得というものです、一家の為(ため)です、国の為です、世界の民の為ですよ、天地の御(おん)為です。今までになかったこと今度はするのですから合点(がってん)出来ないのも道理です道理です、始めは戦いで、戦(いくさ)で世の立て替えするつもりでしたが、あまりに曇りひどいから、戦ばかりでは、隅々(すみずみ)までは掃除出来ないから、世界の家々の隅まで掃除するのですから、その掃除中々ですから、戦ばかりではないのですよ、家の中キチンと食べ物大切がカイの御用と言ってありましょう、今度の岩戸は、あけっぱなしです、褌(ふんどし)いらないと言ってありましょう。十二月四日、一二(不明記号)。

 

 

第十九帖(四四六)

 

 四十九、天明神示(ふで)書かす御(おん)役です。一二三(ひふみ)となる日近づきました、節分までに皆の守護神同じ宮に祀ってくださいね、まつりまつりてまつり合わせ、和合して物事成就するのです。まつる心なき者マコトありません、マコトわかりません。靖国のミタマもそれまでに奥山に祀ってくださいね、まつり替えてやりてくださいね。世界の神々様、守護神様、人民の御霊(みたま)、祀りなさい、まつり結構です。

 

 節分からの誓言(ちかい)変えさせますよ、大神様には御三体(ごさんたい)の大神様、御三体の大神様と七回繰り返しなさい、それでよいのです、神々様には弥栄(やさか)ましませと五回繰り返しなさい、霊(たま)の宮には弥栄ましませと三回繰り返しなさい、それでよいのです、弥栄です。十二月四日、ひつ九の神。

 

 

第二十帖(四四七)

 

  よくもまあ鼻高(はなだか)ばかりになったものですねえ、四ツ足と天狗ばかりです、まあまあやりたいだけやりて見なさい、神は何もかもみな調べぬいて仕組みてあるのですから、性来(しょうらい)だけのことしか出来ないから、いよいよとなりて神にすがらなければならないということわかったら、今度こそはマコト神にすがりなさい、今度神にすがること出来ないのならば万劫末代(まんごうまつだい)浮かばれません。したいことならやりて見て、得心(とくしん)行くまでやりてみて改心早く結構です。

 

 ミロクの世のやり方の型、出して下さいね、一人でも二人でもよいのです、足場早くつくりなさいと言ってあること忘れたのですか。尾振る犬を打つ人民いないでしょう、ついて来る人民殺す神はありませんよ、ミロク様が月の大神様。十二月四日、ひつ九のか三。

 

 

第二十一帖(四四八)

 

  身欲信心(みよくしんじん)スコタンばかり、天津(あまつ)日つぎの御位(みくらい)は幾千代(いくちよ)かけて変わりませんよ、日の大神、月の大神、地(つち)の大神様、御血筋(おんちすじ)弥栄(いやさか)弥栄です。日本の人民アフンとしますよ、皆それぞれの縁(ゆかり)の集団(まどい)にゝ入りなさい、神示一二三(ひふみ)となります、天明は絵描きとなりなさい、絵描(か)いて皆にやりなさい、弥栄となりますよ、やさかいやさか。今度は耶蘇(やそ)も仏(ぶつ)も何もかも生かさなならないのです。早くからこの方の元へ来ていても因縁あっても肝腎がわからないと後戻りばかりですよ、肝腎肝腎です、学もよいですが、それはそれのようなものですよ、途中からの(不明記号)は途中からの(不明記号)、途中からの教(おしえ)は途中からの教、今度の御用は元のキの道です、世の元からの神でないとわかりませんよ、出来はしませんよ、生まれ赤子の心とは、途中からの心、教(おしえ)、すっかり捨ててしまえということですよ。十二月十四日、ひつ九の神。

日月神示 梅の巻 第二十二帖(四四九)から第二十八帖(四五五)

第二十二帖(四四九)

 

 まだまだどえらいこと出て来て日本の国はいよいよ潰れたというところへなって来ますから、皆がマコトの神魂になって来ないとマコトの神は出ないのですよ、マコトあるところへマコトの神働くと言ってありましょう、マコトないところへ働く神は悪神ですよ、よう気つけてくださいね。いくら時節来たとて人民にマコトないと気の毒ばかりです、気の毒この方嫌いです。道は神にも曲げられません、龍神は悪神だという時来ます、心しなさい。マコトない者は今にこの方拝むことも出来ないことになりますよ、この方に近よれないのは悪の守護神殿。いよいよ天の御先祖様と地の御先祖様と御一体になりなされて、王の王の神で末代治める基(もとい)つくります、少しでも混じり気あってはならないのです、早く洗濯掃除結構です。御用いくらでもありますよ、お蔭取り得(どく)です。出来るだけ大き器(うつわ)持ってくださいね、皆々欲がチビイのです、欲が小さいなあ。はなすことは放すことです、放すとつかめます。十二月十四日、一二(不明記号)。

 

 

第二十三帖(四五〇)

 

  これから三年の苦労です、一年と半年と半年と一年です。手合わして拝むだけでは何にもならないのです、拝むとは御用することです、形式(かたち)だけ出来ても何にもなりませんよ、拝まないのはなおよくありませんよ、神に遠ざかることですよ。この道、ちっとも心許せないキツイやさしい道です、泰平(たいへい)の嬉し嬉しの道ですが、いつも剣(つるぎ)の上に下にいる心構え結構ですよ。

 

 一の国は一の国の教(おしえ)、二の国は二の国の教、三の国は三の国、四の国は四の国と、それぞれの教えありますよ。道は一つです、取り違いしないようにしなさい。住む家も、食う物も違うのですよ、混ぜこぜなりません、皆々不足なく、それぞれに嬉し嬉しですよ、不足ない光の世来ますよ、早く身魂相当の御用、結構結構です。世いよいよ開け行くと人民言っていますが、いよいよ詰まって来ますよ、遅し早しはありますが、いずれは出て来るから、神示肚に早く入れておいてくださいね、神示まだまだわかっていませんよ。十二月十四日、ひつ九のか三。

 

 

第二十四帖(四五一)

 

  待てるだけ待っていますが、世潰すわけには行きません、人民も磨けば神に御意見されるほどに身魂によってはなれるのですよ、地(くに)の日月の神と栄えるのですよ、何より身魂磨き結構。人気(にんき)悪いところほどメグリあるのですよ、日本のやり方違っていたということ、五度(ごたび)違ったということわかって来ないと、日本の光出ませんよ。表面(うわべ)飾るな。コメも噛めば噛むほど味出て来るのが磨けた身魂。中味よくなって来ると表面飾らなくても光出て来ますよ。

 

 これまでの日本のやり方悪いから、神が時々神憑かりて知らしてやったのですが、気つけてやったが気のつく臣民ほとんどないから、今度五度の岩戸一度に開いてびっくり箱開いて、天晴(あっぱ)れ神々様に御(おん)目にかけますよ、御喜び頂くのです。神示通り出て来ても、まだわかりませんか。神示は神の息吹きです、心です。口上手、身振り上手でマコトない者この方嫌いですよ。とどめ神なり。先見えますよ。先見えないのは途中からの神です。十二月十四日、ひつ九のか三しるす。

 

 

第二十五帖(四五二)

 

  神のそばに引き寄せても、実地に見せても、我(が)が強いから中々に改心しない臣民ばかり、少しは神の心察しなさい。気の毒出来るから、少しは神の身にもなってみるものですよ、このままでは気の毒なことになるから、早う守護神、節分までに早う祀りてくださいね、何事もキリキリキリということありますよ。世治めるは木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様です。十二月十四日、一二(不明記号)。

 

 

第二十六帖(四五三)

 

 金(きん)では治まりません、悪神の悪では治まりません、ここまで言ってもまだわかりませんか、金では治まりません、悪の総大将もそのこと知っていて、金で世潰す計画です、わかっている守護神殿早う改心結構です、元の大神様に御無礼しているから病神(やまいがみ)に魅入(みい)られるのですよ、洗濯すれば治ります、病神は恐くて入って来られないのですよ、家も国も同様です。神示いくらでも説けるがマコト一つで説いて行(おこな)って下さいね、口で説くばかりではどうにもなりません、魂(たま)なくなってはなりません。十二月十四日、ひつ九のか三。

 

 

第二十七帖(四五四)

 

  苦しむと曲がります、楽しむと伸びます、この方(ほう)苦しむこと嫌いです、苦を楽しみて下さいね。この方に敵とう御力(おんちから)の(不明記号)いくらでも早く出てください、敵とう(不明記号)、この方の御用に使いますよ、天晴(あっぱ)れ御礼言います。世界のどんなに偉い人でも、この方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けませんよ、早う神示読んで神の心汲み取って、ミロクの世に礎(いしずえ)早う固めてくださいね。算盤(そろばん)のケタ違う算盤でいくらはじいても出来はしません、素直に致してついて来なさい、見事光の岸に連れて参って喜ぶようにしてあげます。十二月十四日、ひつ九のか三。

 

 

第二十八帖(四五五)

 

  十二の逃れ、六の流れとなり、三つの流れとなり、二となり、一と成り鳴りて、一つとなり、一つの王で治めるのですよ、弥栄の仕組、富士と鳴門の仕組、いよいよとなりました。あな嬉し、あなすがすがし、富士は晴れたり日本晴れ。この巻「梅の巻」としなさい、後の世の宝と栄えますよ。十二月十四日、一二(不明記号)。

 

 <『梅の巻』了>

日月神示 空の巻 第一帖(四五六)から第六帖(四六一)

第二十一巻

 

空の巻(全十四帖)

 

自 昭和二十二年一月一日

至 昭和二十二年四月五日

 

 

第一帖(四五六)

 

 なる世、極りて扶桑みやこです、みち足り足りて、万世のはじめ、息吹き、動き和し、弥栄へ、展き、睦び、結ぶ、扶桑の道鳴りはじむ道、代々の道ひらき、次に睦び、マコトの道にひかり極む、新しき世、出で、みちつづき、道つづき、富士木の花咲きますよ、宮柱高く、千木高く、御代知る道、太神、大神、神出でまして、道弥栄極む、大道に神みち、極み、栄え、更に極む、元津日の大神、元津月の大神、元津地(くに)の大神弥栄。一月一日、一二神。

 

 

第二帖(四五七)

 

 ひふみゆらゆらと一回二回三回唱えまつりなさい、甦(よみがえ)りますよ。次に人は道真中にして〇(ワ)となり、皆の者集まりてお互いに拝(おろが)み、ゝ(かみ)にまつりまつり結構です、節分からでよいのです。

 

 このお道の導きの親尊びなさい、どんなことあっても上(かみ)に立てねばなりませんよ、順乱しては神の働きないと言ってありましょう、(直会(なほらい)には神の座上につくらなならないのですよ、神人共にと言ってありましょう、)まだわからないのですか。順正しく礼儀正しく、神にも人に仕えまつりなさい。束(たば)ねの神は、束ねの人は後(あと)からです、後から出ますよ。一月一日、一二(不明記号)。

 

 

第三帖(四五八)

 

意味不明な記号のような絵が沢山描かれている。

 

 ひふみ四十九柱、五十九柱、神代の元です。あめつち御中(みなか)ムしの神、あめつち御中ムしの神、あめつちの御中ムしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中あめつち御中ウしの神、あめつち御中あめつち御中ウしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中あめつち御中天地(あめつち)御中ムしの神、天地(あめつち)御中ヌしの神。天地(あめつち)のはじめ。一月三日、一二(不明記号)。

 

 

第四帖(四五九)

 

 立て直しの道つづき、結び、展く、日月出で、よろづのもの、一二三(ひふみ)とみち、つづき鳴り成り、ひらく大道、真理の出で初む中心に、マコト動きて、元津神栄ゆ、元津神は真理、真愛、大歓喜は、中心に光り、ひらき極まる道です、展き極まる世です、鳴り極み、ひらき、うごく大道、うごき、和し、なり、大歓喜、足りに足り足る世、生れ出づる世、うごき更にひらき、次々に栄え極みて、新しきはたらきの湧く次の大御代の六合つづく道、つづき睦びて、富士晴れ極み、鳴門は殊にひかり出でて、大道は日神の中心に還り、また出でて、ひらき、大道いよいよ満つ、焼く神々、早くせよ。一月六日、一二(不明記号)。

 

 

第五帖(四六〇)

 

 意味不明な絵が描かれている。

 

 

第六帖(四六一)

 

 アメのひつ九神、マモル。アメのひつ九の神、マモル。クニのひつ九の神、マモル。クニのひつ九の神、マモル。雨の神、風の神、岩の神、荒の神、マモル。(天明白す。第五、第六帖共、一月六日の神示)

日月神示 空の巻 第七帖(四六二)から第十一帖(四六六)

第七帖(四六二)

 

 これだけ細かに神示(ふで)で知らしてもまだわからないのですか、我(が)があるからですよ、曇りているからですよ、まず己(おのれ)の仕事しなさい、五人分も十人分も精出せと言ってありましょう、五人分仕事すればわかって来ますよ、仕事とは嘉事(よごと)ですよ、仕事しなさい、仕事仕えまつりなさい、それが神の御用です。神の御用ですと言って仕事休んで、狂人の真似に落ちないように。静かに一歩一歩進めなさい、急がばまわりなさい、一足(ひとあし)飛びに二階には上がれませんよ。

 

 今の仕事悪いと知りつつするはなお悪いのです、仕事、仕事と神に祈りなさい、祈れば仕事与えられますよ、祈れ祈れとくどう言ってありましょう、善(よ)き心、善き仕事生みます、嘉事生みますよ、この道理まだわかりませんか、神にくどう言わせないように。大智大理交わり、道はあきらか、大愛、大真出でひらく道、ひらきて大智、大愛、和し、交わりて、ひふみの極み、弥栄、弥栄の大道です。一月の十三日、ひつ九神。

 

 

第八帖(四六三)

 

 衣類、食べ物に困った時は、龍宮の乙姫様にお願いしなさい。五柱(ごはしら)の生神(いきがみ)様にお願いすれば、災難逃らせて下さいます、岩(いわ)、荒(あれ)、地震、風、雨、の神様なり。いろはに泣く時来ますよ、いろは四十八です、四十九です。神示(ふで)はその時の心にとりて違いません、磨けただけにとれて違わないのですから、我(われ)の心通りにとれるのですから、同じ神示が同じ神示でないのです。

 

 悪の世が廻(まわ)りて来た時には、悪の御用する身魂(みたま)をつくりておかねば、善では動きとれないのですよ、悪も元ただせば善ですよ、(その働きの御用が悪ですよ、)御苦労の御役(おんやく)ですから、悪憎まないように、憎むと善でなくなります、天地濁(にご)りて来ますよ。世界一つに成った時は、憎むことまずサラリ捨てねばなりませんよ、この道理、肚の底からわかって、ガッテンガッテンして下さいね。三月の三日、ひつ九のか三。

 

 

第九帖(四六四)

 

  ミロク、世に出づには神の人民お手柄致さねばなりませんよ、お手柄結構結構、神の人民世界中にいます。この中に早くから来ていて何も知りませんとは言えない時来ますよ、神示よく読んでいてくださいね。時来たら説き出しなさい、潮満ちていますよ、潮時誤らないように。早う目覚めないと別の御用にまわらなければなりません、ウシトラコンジン様、何事も聞き下さいますよ、マコトもてお願いしなさい、聞かないことは聞きませんよ、聞かれることは聞いてあげますよ。(神、仏、キリスト、ことごとく人民の世話もしてあげますよ。)時節到来しているにまだ気づきませんか、人民の物という物何一つありませんよ、まだ金(きん)や学で行けると思っているのですか、いよいよの蓋(ふた)あいているにまだわかりませんか。奥山に参り来ねばわからないことになり来ます。奥山、奥山です、同じ奥山が、その時々により変わって来ますよ、身魂磨けば磨いただけに光出来てお蔭ありますよ、この道理わかりましょう。三月三日、ひつ九のか三、しるします。

 

 

第十帖(四六五)

 

  この方(ほう)、悪が可愛いのです、御苦労でした、もう悪の世は済みましたよ、悪の御用結構でしたね。早う善に変わりて心安く善の御用聞いてくださいね。(世界から化物出ますよ、この中にも化物出ますよ、よく見分けてくださいね、)取り違い禁物です。この神示よく見ていると、いざという時には役に立ちます、肝腎(かんじん)の時に肝腎が成りますよ。元は元、分かれは分かれ、元と分かれ、同じですよ、別ですよ、それぞれに分かれの集団(まどい)つくってよいですよ、今日働いて今日食わなければならないことに皆なりて来ますから、その覚悟しなさい、上(うえ)に立つ番頭殿、下の下まで目届けていないと、日本潰(つぶ)れますよ、潰れる前に、そなたたちが潰れるのですよ、早う改心してマコトの政治仕えまつりなさい。容(い)れ物キレイにしておりたらこの方がよきに使いますよ、今の仕事仕えておりなさい、神示肚に入れて、焦らず身魂磨き結構結構。今度は世界のみか、三千世界潰れるところまで行かなければならないのですから、くどう言っているのですよ。三月三日、ひつ九のか三。

 

 

第十一帖(四六六)

 

  大層が大層でなくなる道が神の道です、この道中行く道、神示読んで早くガッテン結構です。行い正しく、口静かにしたら神の仕組わかります、因縁ある身魂が、人民には知らない結構を致しますよ。神示読んで、どんな人が来てもその人々に当たるところ読みて聞かすが一等です。一分と九分の戦いです、皆九分が強いと思っていますが、今度の仕組、アフンの仕組です。早呑(の)み込み大怪我のもとと言うのは、我(わ)が心通りに写るからです。臭い物食う時来ましたよ、ほんの暫(しばら)くです、我慢よくよくしなさい、よくなりますから。

 

 分かれの集団(まどい)の一つとして宗教も作りなさい、他の宗教とは違うやり方でないと成就しませんよ。元はそのままです。分かれです、この宗教には教祖要りません、教祖は神示です、神示がアと言ってありましょう、ヤ、ワ、(〇の中にヤ)、(〇の中にワ)要りますよ、為せば成る、為さねば後悔ですよ。

 

 慎ましくして神に供えてから頂けば、日本は日本で食べて行けますよ、理屈に邪魔されて、有るものも無くして食えなくなるのは悪の仕組です、地(つち)の金神(こんじん)様を金(かね)の神様と言いなさい。三月三日、ひつ九のか三。