日月神示 目次

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日月神示の上巻・下巻

 

『日月神示 さいとうけんいち訳』について

 

 

完訳 日月神示 (上巻)目次

 

第一巻 上(うえ)つ巻

 

第二巻 下つ巻

 

第三巻 富士の巻

 

第四巻 天つ巻

 

第五巻 地つ巻

 

第六巻 日月の巻

 

第七巻 日の出の巻

 

第八巻 磐戸の巻

 

第九巻 キの巻

 

第十巻 水の巻

 

第十一巻 松の巻

 

第十二巻 夜明けの巻

 

第十三巻 雨の巻

 

第十四巻 風の巻

 

第十五巻 岩の巻

 

第十六巻 荒(あれ)の巻

 

第十七巻 地震の巻

 

第十八巻 光の巻

 

第十九巻 まつりの巻

 

第二十巻 梅の巻

 

第二十一巻 空の巻

 

第二十二巻 青葉の巻

 

第二十三巻 海の巻

 

 

完訳 日月神示 (下巻)目次

 

第二十四巻 黄金(こがね)の巻

 

第二十五巻 白銀(しろがね)の巻

 

第二十六巻 黒鉄(くろがね)の巻

 

第二十七巻 春の巻

 

第二十八巻 夏の巻

 

第二十九巻 秋の巻

 

第三十巻 冬の巻

 

 

【五十黙示録(いせもくじろく)】

 

第一巻 扶桑(ふそう)之巻

 

第二巻 碧玉(あおたま)之巻

 

第三巻 星座之巻

 

第四巻 龍音(りゅうおん)之巻

 

第五巻 極(きわ)め之巻

 

第六巻 至恩(しおん)之巻

 

第七巻 五葉(ごよう)之巻

 

補巻 紫金(しきん)之巻

 

 

[日月神示 補巻]

 

月光の巻

 

 

岡本天明と日月神示の文字について

 

岡本天明と日月神示の文字について

岡本天明について

 

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岡本天明

 

 日月神示の文章は神が岡本天明という人物に書かせたものです。まあ、文章というよりも、記号のようなもので、それを翻訳作業に当たった人達が必死の思いで、現代の日本人が理解出来るように文章化したのですが。

 

 それで、その文字を紙に書いたのは、岡本天明という人です。まあ、要するに、神様が岡本天明の身体に憑依して、岡本天明の腕を使って、日月神示の文章を書いたということです。

 

 要するに、岡本天明は文字を書かされる役です。[文字を書かされる役]と聞くと、大したことない役だと思ってしまうでしょう。しかし、違います。高級霊でさえ、憑依するには、相当に霊格の高い人物でなければ憑依して文字を書かせられないのに、神様が憑依するとなれば、相当に心の清い人でないと無理です。だから、[神様の文字を書かせられる役]を任された時点で、相当に凄い人なのです。

 

 まあ、世間的には、[凄い人]というと、オリンピックに出場して金メダルを獲得する人とか、大企業の創業者とか、大金持ちとか、喋りの上手な大御所の芸能人とかを思い浮かべるでしょう。しかし、それはあくまでも人間社会にとっての凄い人であって、神様からの信頼の厚い人ではないのです。

 

 その証拠に、大企業の創業者であっても、作業員を奴隷のように扱う方針の社長もいますし、浪費してアル中になって自滅するような元スーパースターもいますし、ラスベガスのカジノで何百億円も浪費した製紙会社のトップとかもいました。他にも様々な[自分の利益しか考えない有名人]は多いのです。そんな人達が、神様からの信頼が厚い訳がないのです。それらはあくまでも人間社会の中で凄いだけであって、神様から見れば、なんてことはない小物なのです。

 

 それで、この岡本天明は、日月神示の文字を書くという大役を任された、その役に選定されたので、やはり十分に凄いのです。

 

 では、[完訳 日月神示 上巻]に掲載されている岡本天明のプロフィールの内容をここに記します。まあ、もっと知りたい人は、自力でネットで調べてください。

 

 <岡本天明プロフィール>

 

 明治三十年(一八九七)十二月四日、岡山県倉敷市玉島に生まれる。

 

 青年時代は、名古屋新聞、大正日々新聞、東京毎夕新聞などで新聞記者生活を送る。また太平洋画会に学び、昭和十六年(一九四一)、日本俳画院の創設に参加。米国、南米、イスラエル、東京、大阪、名古屋などで個展を開催。

 

 『俳画講義録』その他の著書があり、昭和二十年(一九四五)頃から日本古神道の研究を始め、『古事記数霊解』及び『霊現交流とサニワ秘伝』などの著書がある。

 

 晩年は三重県菰野(こもの)町鈴鹿山中に居を移し、画家として生活していた。

 

 昭和三十八年(一九六三)四月七日没す。満六十五歳。

 

 

日月神示の文字について

 

 日月神示の文字というのは、まあ、私が見ても、翻訳は絶対に出来ません。古文の知識がある人達でなければ、翻訳はそもそも無理です。まあ、このサイトのタイトルは[日月神示 さいとうけんいち訳]とありますが、これはあくまでも、現代語訳された[完訳 日月神示 上巻・下巻]の内容を、丁寧な口調に独自に訳しただけで、元々の文章は私でも十分に理解出来る文章でした。なので、一番凄いのは、元々の意味不明な記号みたいな文章の羅列から、普通の日本人でも理解出来るように訳した当時の人達です。

 

 なので、ここでは、[日月神示 上巻 地震の巻]に掲載されていた、日月神示の元々の文字、つまり岡本天明が紙に書いた直接の文字をお見せしたいと思います。まあ、これだけ見ても意味不明ですが、とにかく、翻訳作業に当たった人達が凄過ぎたということです。感謝です。まあ、私もこうして、日月神示を広める役割の一旦を担っている訳ですが。まあ、人により役割は様々ということですね。

 

 ⇩日月神示の元々の文字集

 

 

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日月神示①

 

 

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日月神示②

 

 

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日月神示③

 

 

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日月神示④



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日月神示⑤

 

 

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日月神示⑥

 

 

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日月神示⑦



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日月神示⑧

 

 

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日月神示⑨

 


 

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日月神示⑩


  

 

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日月神示⑪


 

 

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日月神示⑫

 

 

 

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日月神示⑬

 

 

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日月神示⑭


 

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日月神示⑮

 

 

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日月神示⑯



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日月神示⑰

 

  

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日月神示⑱

 

 

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日月神示⑲

 

  

⇩[日月神示 上巻 空の巻 第三帖]の冒頭にあった文字。

 

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日月神示⑳

 

 

⇩[日月神示 上巻 空の巻 第五帖]にあった意味不明な絵。これは現代語に変換する作業をしていた人達も意味が分からず、このままの状態で掲載されていた。

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日月神示21

 

日月神示 極め之巻 第十一帖から第二十帖

第十一帖

 

 陽(ひ)あたりのことと、陽かげのことと一時に出て来るのです、立て壊しと立て直しが一時にくるのです、神の言った通りになっていましょう、学で説くと学の鬼に囚われます、智で説くと智の、理で説くと理の鬼に囚われます、このままに伝えて下さいね。天の世界も潰してはなりません、地の世界も潰すわけにはいきませんが、地上の事は立て直し難しいなれど、見ていなさい、一厘の火水(ひみつ)でデングリ返して、見事なことを御目(おめ)にかけますよ。

 

 

第十二帖

 

 口先ばかりで、その場限りでうまいこと言っていますが、それは悪の花、心と行が伴わないからです、己(おのれ)自身の戦(いくさ)が終わっていないからです。そなたの持つ悪いクセを直して下さいね、それが御神業です。神々様も自分のクセを直すために御苦労なさっているのです、そのために生長します。昨日の自分であってはなりませんよ。六十の手習いで止まってはなりません、死ぬまで、死んでも手習いです。お互いに拝(おろが)みなさい、拝むとすべてが自分となります、拝むところへ集まって来て弥栄です。

 

 

第十三帖

 

 これまでに言ってきかせても、言うこときかぬ人民多いのです、きく耳ないならば思うようになってみなされ、グルグル廻ってまた始めからですよ、人民は神の中にいるのですから、いくら頑張っても神の外には出られません。死んでも神の中にいるのです、思う様(さま)やりて得心改心、我(われ)が我がで苦しむのも薬というもの。

 

 

第十四帖

 

 正しくないものが正しい方に従わねばならないと人民言っていますが、正とか不正とか言う平面的衣を早く脱いで下さいね。マコトを衣として下さいね、マコトを衣にするには心がマコトとなりなりて、マコトの肉体とならねばなりません、マコトとは数(かず)です、言(こと)です、色です、その配列、順序、法則です。

 

 

第十五帖

 

 右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい、それが無抵抗で平和の元ですと言っていますが、その心根(こころね)をよく洗って見つめなさい、それは無抵抗ではないのです、打たれるようなものを心の中に持っているから打たれるのです。マコトに居れば相手が手を振り上げても打つことは出来ません、よく聞き分けて下さいね。笑って来る赤子の無邪気は打たれないでしょう、これが無抵抗です。世界一家天下泰平です、左の頬を出す愚かさをやめて下さいね。

 

 

第十六帖

 

 頭下げて低くなって見なさいな、必ず高い所から流れてきますよ。高くとまっているから流れて来ないのです、神の恵みは水のように淡々として低きに流れて来ますよ、自分が自分に騙(だま)されないように心して下さいね、善悪を決めて苦しんでいますよ。世界の片端(かたはし)、浜辺からいよいよが起こって来ました、夜明け近づきましたよ。

 

 

第十七帖

 

 今までの逃(のが)れ場所は山でしたが、今度は山に逃げても駄目、神の御旨(みむね)の中にあります、山に移って海に入れよと言ってありましょう、今度のことです。

 

 

第十八帖

 

 この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのです。天界での出来事は必ず地上に写って来るのですが、それを受け入れる、その時の地上の状態によって、早くもなれば遅くもなり、時によっては順序も違うのです、人民は近目ですからいろいろと言いますが、広い高い立場で永遠の目でよく見極めて下さいね。寸分の間違いもないのです、これが間違ったら宇宙は粉微塵(こなみじん)、神はないのですよ。

 

 

第十九帖

 

 天人天使の行為が、人民に写るのですが、人民の自由、能力の範囲における行為はまた逆に、天界に反映するのですよ、日本と唐(中国)と土地が違うように、日本人と唐人とは違う、天界の写り方も違うのです。同じ日本人でも時と所によって違います。肌の細かい絹と、荒壁にうつる映画は、同じでも少しずつ違うようなもの、違ってうつるのがマコトです、同じ数でも123と一二三は違うのです、わかって下さいね。新しき世界に進むこと大切なことです。

 

 

第二十帖

 

 今の学者には今の学しかわかりません、それでは今度の岩戸開きの役には立ちません、三千世界の岩戸開きですから、少しでもフトマニに違ってはなりませんよ。廻りくどいようなれど、とつぎの道から改めなさいな、出舟の港は夫婦からですと言ってありましょう、ミトノマグワイでなければ正しき秩序は生まれません、素戔嗚命(スサナルノミコト)が荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救い主の大神であることがわからなければ、岩戸は開けませんよ。新しき世界の宮は土地です、住所(すまい)です、永遠に在(おわ)す神は住む土地です、下には永遠の腕があります。

日月神示 極め之巻 第一帖から第十帖

五十黙示録 第五巻

 

極(きわ)め之巻(全二十帖)

 

昭和三十六年八月五日

 

 

第一帖

 

 宇都志(うつし)水に天津(あまつ)水添え奉(たてまつ)らむを。夕陽(ゆうひ)より朝日照るまで太祝詞(ふとのりと)せむ。火結神(ほむすび)の陰(みほと)焼かへて岩戸とざしき。世界を一つにするのですから王は一人でよいのです、動きは二つ三つとなるのです、キはキの動きミはミの動き、動いて和してキミと動くのです。三が道ですと知らしてありましょう、自他の境界つくらないように、自(おの)ずから自他の別と和が生まれてお互いに折り重なって栄えるのです、世界一家への歩み方、やり方間違えないように。九分九厘まで進まねば後の一厘はわかりません、今が九分九厘です、日本は日本、世界は世界、日本は世界のカタ国、自ずから相違あるのです。

 

 

第二帖

 

 青玉の水江の玉ゆいよよ栄えむ。天地咲(ゑ)む神の礼白臣(いやしろおみ)の礼白(いやしろ)、天(あま)つ神の寿言(よごと)のままに八十(やそ)岩明けぬ。守護神をよく致せば肉体もよくなります。神の道は一本道ですから、多くに見えても終わりは一つになるのです、今が終わりの一本道に入るところ、この道に入れば新しき代は目の前、神も今まではテンデンバラバラでありましたが、今に一つにならねばならないことに、天が命じているのです。人民の中と外も同様です。今の人民はマコトが足りないから、マコトを言っても耳に入らないのですが、今度は神が人民にうつって、また人民となってマコトの花を咲かす仕組、同じことを百年も続けてくどう言うと人民は言いますが、わからないから言っているのですよ。

 

 

第三帖

 

 我(わ)が身を捨てて、三千世界に生きて下さいね、我が身を捨てると言うことは我(が)を捨てること、学を捨てることです、捨てると真理が摑(つか)めて大層な御用が出来るのです、それぞれの言葉はあれどミコトは一つですと言ってありましょう、ミコトに生きて下さいね。言葉の裏には虫がついています、英語学ぶと英語の虫に、支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちです。わからねばならないし、なかなかながら御苦労して下さいね。大難を小難にすることは出来るのですが無くすことは出来ません。不足言うと不足の虫が湧(わ)きます、怒ると怒りの虫です。一生懸命、自分の信じるように、神を小さくして自分で割り切れるように、引きずり降ろして居るなれど、困ったものですね、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下さいね。

 

 

第四帖

 

 大空に向って腹の底から大きく呼吸してゴモクを吐き出し、大空を腹一杯吸い込んで下さいね。そなたの神を一応捨てて心の洗濯を致してくださいね、神示(ふで)が肚に入ったら捨てて下さいと言ってありましょう、神を信じつつ迷信に落ちていますよ。日本がヒの本の国、艮(うしとら)のかための国、(〇の中にゝの印)(ヒ)出づる国、国常立大神がウシトラの扉を開けて出づる国ということがわかって来ないと、今度の岩戸開きはわかりませんよ、こんなこと言えば、今の偉い人々は、古くさい迷信だと鼻にもかけませんが、国常立尊がウシトラからお出ましになることが岩戸開きなのです、今の学ではわからないことばかり。善と悪とに、自分が勝手に分けて、善をやろうと言うのが、今の世界のあり方。天の王、地の王のこと、ゝのことがハッキリわからねば足場がないではないですか、足場も、目当てもなくてメクラメッポウに歩んだとて目的には行きつけぬ道理。

 

 

第五帖

 

 つまらないことに心を残すのは、つまらない霊界との縁(えにし)が残っていることです。早く岩戸を開いて富み栄えて下さいね、人民富み栄えることは、神が富み栄えることです。何事も祓い清めて下さいね、清めるとは和すことです、違うもの同士和すのがマコトの和です。8までと9、10とは性が違うのです。

 

 

第六帖

 

 和すには5と5でなくてはなりませんが、陽が中、陰が外です、天が主で地が従です、男が上、女が下、これが正しき和です、逆様(さかさま)なりません、これが公平と言うものです、陰と陰と、陽と陽と和しても陰です、陽と陰と和して初めて新しき陽が生まれる、陽が本質的なもの、この和し方が祓い清め。

 

 

第七帖

 

 今まで世に落ちていた神も、世に出ていた神も皆一つ目です、一方しか見えないから、世界のことは、逆の世界のことはわからないから、今度の岩戸開きの御用はなかなかです、早く改心してこの神について御座るのが一等です。外国の方が早く改心しますよ、外(幽)国人とは逆の世界の人民のことです。神の目からは世界の人民、皆我が子です。世界中皆この神の肉体です、この神には何一つわからない、出来ないということないのです。どんなことでも致して見せますよ。

 

 

第八帖

 

 元は5で固めたのです、天のあり方、天なる父は5です。それを中心として、ものが弥栄えゆく仕組、それを人民は自分の頭で引き下げて4と見たから行き詰まって世界の難渋(なんじゅう)です。手や足の指は何故に5本であるか、誰にもわからないでしょう。

 

 

第九帖

 

 天の5を地に写すと地の五則(そく)となるのです、天の大神は指を折って数(かぞ)え給うたのです、天の大神の指も五本ですから、それを五度折って二十五有法となされ、五十をもととされたのです、神々(しんしん)、神心(しんしん)、神理(しんり)、神気(しんき)、神境(しんきょう)です、この交叉弥栄(こうさいやさか)は限りなし、これを五鎮(ちん)と言うのです。上天、下地、照日、輝月、光星、これを五極と言います。東木、南火、中土、西金、北水、これを五行と言う。裸物、毛物、刃物、鱗物、甲物を五生と言い、文則、武則、楽則、稼則、用則を五法と言うのですが、それだけでは足りません、その中に〇があるのです、大神がましますのです、人民の頭ではなかなかに理解出来ませんが、理解して下さいね。これが妙です、奇です、天の父の教えであり、地に写した姿です。

 

 

第十帖

 

 神示に出したら天明に書かすのですと知らしてありましょう、神示はいくらでも神界に出してあるのです、神が想念したならば、神界ではそれが神示となっているのです、それを人民にわかるように書かすのです、父と母との文字で書かすのです、天明は神示うつす役、書かす御役。

日月神示 上つ巻 第一帖(一)から第二帖(二)

第一巻

 

上(うえ)つ巻(全四十二帖)

 

自 昭和十九年六月十日

至 昭和十九年七月九日

 

 

第一帖(一)

 

 富士は晴れたり、日本晴れ。神の国のまことの神の力をあらわす代(よ)となれる、仏もキリストも何も彼(か)もはっきり助けて、しち難しい御苦労のない代が来るから、身魂(みたま)を不断に磨いて一筋の誠を通してくださいね。

 

 いま一苦労ありますが、この苦労は身魂をみがいていないと越せない、この世始まって二度とない苦労です。このむすびは神の力でないと何も出来ません、人間の算盤(そろばん)でははじけないことです。日本はお土が上がる、外国はお土が下がる。都(みやこ)の大洗濯、鄙(ひな)(田舎)の大洗濯、人のお洗濯。今度はどうもこらえてくれというところまで、後へ引かぬから、そのつもりでかかって来なさい。神の神の力を、はっきりと見せてやる時が来ました。

 

 嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来ます。神は神の国、神の力でないと、何にも成就しません。人の力で何が出来ましたか、みな神がさしているのです。いつでも神かかれるように、綺麗に洗濯しておってくださいね。戦(いくさ)は今年中と言っていますが、そんなちょこい戦ではありません、世界中の洗濯ですから、いらぬものが無くなるまでは、終わらぬ道理がわかりませんか。臣民同士のいくさではない、神と神、あかとあか、人と人、ニクとニク、タマとタマの戦です。己の心を見なさい、戦が済んでいないでしょう、それで戦が済むと思っているとは、あきれたものです。早く掃除しないと間に合いません、何より掃除が第一。さびしさは人のみかは、神は幾万倍です、さびしさ越えて時を待つ。神が世界の王になる、てんし様が神とわからない臣民ばかり。口と心と行(おこない)と、三つ揃ったまことを命(みこと)といいます。神の臣民みな命になる身魂、掃除身魂結構。六月の十日、ひつくのか三。

 

 

第二帖(二)

 

 親と子ですから、臣民は可愛いから旅の苦をさしてあるのに、苦に負けてよくもここまでおちぶれてしまいましたね。鼠(ねずみ)でも三日先のことを知るのに、臣民は一寸先さえわからないほどに、よくも曇りましたね、それでも神の国の臣民、天道人を殺さず、食べ物がなくなっても死にはしません、ほんのしばらくです。木の根でも食べていなさい。闇のあとには夜明け来る。神は見通しですから、心配しないように。手柄は千倍万倍にして返すから、人に知れたら帳引きとなるから、人に知れんように、人のため国のため働きなさい、それがまことの神の臣民です。酒と煙草も勝手に作って暮らせる善き世になります、それまで我慢できない臣民沢山あります。早く(〇の中にゝの印)の神の言う通りにせねば、世界を泥で海にせねばならないから、早く(〇の中にゝの印)神心になってくださいね、神頼みますよ。盲が盲を手を引いて、何処へ行くつもりやら、気のついた人から、まことの神の容れものになってくださいね。悪の楽しみは先に行くほど苦しくなるから、初めは辛いなれど、先を楽しみに辛抱してくださいね。配給は配給、統制は統制のやり方、神のやり方は(〇の中にゝの印)の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方です、日の光は神の心です。いざ人の知恵で一つでも善きことしましたか、何もかも出来そこないばかり、にっちもさっちもならないことにしていても、まだ気がつかない、盲には困る困る。救わねばならず、助かる臣民はなく、泥の海にするは易(やす)いなれど、それでは(〇の中にゝの印)に済まず、これだけにこと分けて知らしてあるのに、聞かねばまだまだ痛い目をみせねばなりません。冬の先が春とは限りません。神の国を八つに切って殺す悪の計画、神の国にも外国の臣(しん)がおり、外国にも神の子がいます。岩戸が開けたら人にわかります。六月の十日、書は、ひつくのか三。てんめ御苦労です。

日月神示 上つ巻 第三帖(三)から第十帖(十)

第三帖(三)

 

 善事(よごと)は神、何も上下(うえした)、下ひっくり返っているから、わからないから、神の心になれば何事もわかるから、鏡を掃除してくださいね。今にこのおつげが一二三(ヒフミ)ばかりになるから、それまでに身魂をみがいておかないと、身魂の曇った人には何とも読めないから、早く神こころに替えておってください、何も一度に出て来ます。海が陸(おか)になり、陸が海になります。六月の十一日の朝のお告げ、みよみよみよ。ひつくの十。

 

 

第四帖(四)

 

 急ぎますが、臣民なかなかに言うこと聞かないから、言うこと聞かねば、聞くようにして聞かせます。神には何もかも出来ていますが、臣民まだ目覚めないのですか、金のいらない楽の世になりますよ。早く神祀ってくださいね、神祀らねば何も出来ません。表の裏は裏、裏の裏がある世です。神をダシにして、今の上の人がいるから、神の力が出ないのです。お上に大神を祀って、政事(まつりごと)をせねば治まりません。この神を祀るのは、見晴らし台です、富士見晴らし台です、早く祀って御告げを世に広めてくださいね。早く知らさねば日本がつぶれるようなことになるから、早く祀って神の言うようにしてくださいね。神急(せ)けますよ。

 

 上ばかりよくてもならぬ、下ばかりよくてもならぬ、上下揃(そろ)うた善き世が神の世です。ドイツもイタリ-もあてになりません、世界中一つになって神の国に寄せて来ます。それなのに今のやり方でよいと思っているのですか、わからねば神に尋ねて政事せねばならないということまだわかりませんか。神と人とがまつり合わしてこの世のことがさしてあるのです。人が聞かねば神ばかりで始めますよ。神ばかりで洗濯するのは早いのですが、それでは臣民が可哀そうだから、臣民みんなやり直さねばならないから、気をつけているのに何しているのですか、いつどんなことあっても知りませんよ、神祀り第一、神祀り結構。扶桑(ふそう)の木ノ花咲耶姫(このはなさくやひめ)の神様を祀ってくださいね。コノハナサクヤ姫様も祀ってくださいね。六月の十三の日しるす、ひつきのか三。

 

 

第五帖(五)

 

 富士とは神の山のことです。神の山はみな富士と言うのです。みはらし台とは、身を張らすことです、身を張らすとは、身の中を神にて張ることです。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことです。大庭(おにわ)の富士を探して見なさい、神の米が出て来ますから、それを大切にしなさい。富士を開くとは心に神を満たすことです。ヒムカとは神を迎えることです、ヒムカはその使いです。ヒムカは神の使いですから、この道を早く開いてくださいね、早く伝えてくださいね、ヒムカのお役は人の病を治して神の方へ向けさせるお役です、この道をよく心得て間違いないように伝えてくださいね。六月の十四日、(〇の中にゝの印)つくのか三。

 

 

第六帖(六)

 

 外国の飛行機が来ると騒いでいますが、まだまだ花道です。九十となったらボツボツはっきりしますよ。臣民は目の先ばかりより見えないから、可哀そうだから、気をつけているのに何しているのですか。大切な九十(こと)忘れているのに気がつきませんか。この知らせをよく読んでくださいね。十月まで待ちなさい。それまでは、このままでおりなさい。六月の十七日、ひつくのか三。

 

 

第七帖(七)

 

 いくら金積んで神の御用さしてくれと言っても、因縁のある臣民でないと御用出来ません。御用する人は、どんなに苦しくても心は勇みます。この神は小さい病治しや、按摩(あんま)の真似(まね)させませんよ、大き病を治すのです。神が開くから、人の考えで人を引っ張らないように。六月の十七日、一二のか三。

 

 

第八帖(八)

 

 秋が立ちたらこの道開く方出て来るから、それまでは神の仕組みを書かしておくから、よく読んで肚(はら)の中によく入れておいてくださいね。その時になって慌(あわ)てて、何も知らないというようではなりませんよ、それまでに何もかにも知らしておくから、縁ある方からこの知らせをよく読んで、肚の中に入れておいてくださいね。六月の十七日、ひつくのか三。

 

 

第九帖(九)

 

 この世のやり方わからなくなったら、この神示(しるし)を読ましてくれと言って、この知らせを取り合うから、その時になって慌てないようにしてくださいね。日本の国は一度はつぶれたようになるのです。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのです。その時にお蔭を落とさないよう、しっかりと神の言うこと肚に入れておいてくださいね。六月の十七日、ひつくのか三。

 

 

第十帖(十)

 

 神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心にうつる。掃除の程度によって神のうつり方が違います。掃除出来た方から神の姿うつります、それだけにうつりますよ。六月十九日、一二のか三。

日月神示 上つ巻 第十一帖(一一)から第十八帖(十八)

第十一帖(一一)

 

 何処(いづこ)も土にかえると言ってありましょう、東京も元の土に一時(ひととき)はかえるのですから、そのつもりでいてくださいね。神の言ったこと違いませんよ。東京は元の土に一時はかえるのです、そのつもりで用意してくださいね。六月の十九日、一二のか三。

 

 

第十二帖(十二)

 

 大将を誰も行かれない所へ連れて行かれないように、上の人、気をつけてくださいね。この道はちっとも心ゆるせない、マコトの神の道です。油断すると神は代わりの身魂使いますよ。六月の二十一日の朝、ひつくのか三。

 

 

第十三帖(十三)

 

 元の人三人、その下に七人、その下に七七・四十九人、合わして五十九の身魂あれば、この仕組は成就するのです、この五十九の身魂は神が護っているから、世の元の神がかかりて大手柄をさせるから、神の言うよう何事も、身魂磨いてくださいね、これが世の元の神の数です、これだけの身魂が力合わして、善き世の礎(いしずえ)となるのです。この身魂はいずれも落ちぶれているから、訪ねて来てもわからないから、よく気をつけて、どんなに落ちぶれている臣民でも、訪ねて来た人は、親切にして帰しなさい。何事も時節が来ましたよ。六月の二十一日、ひつくのか三。

 

 

第十四帖(十四) 

 

 この神示(ふで)よく読んでくださいね、読めば読むほど何もかもわかって来ますよ、心とは神民の言う心ではありません。ミタマとは神民の言う身魂ではありません、ミタマとは身(み)と魂(たま)と一つになっているもの言います、神の臣民、身と魂の分け隔(へだ)てないのです、身は魂、魂は身です。外国は身ばかりの所あり、魂ばかりの所あり、神は身魂の別ありませんよ、このことわかったら神の仕組がぼつぼつわかります。身魂の洗濯と御心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯ではないのです、よく気をつけてくださいね。神の言うこと違いませんよ。六月の二十二日、ひつくのか三。

 

 

第十五帖(十五)

 

 今度は末代動かぬ世にするのですから、今までのような宗教や教えの集団(つどい)にしてはなりません、人を集めるばかりが能ではないのです、人も集めねばならず、難しい道(おしえ)です。縁ある人は早く集めてくださいね、縁なき人いくら集めても何にもなりませんよ、縁ある人を見分けてくださいね。顔は神の臣民でも心は外国御魂です、顔は外国人でも御魂は神の臣民あります。やりかけた戦です、とことんまで行かねば収まりません。臣民一度は無くなるところまでになります、今のうちにこの神示(みち)よく読んでいてくださいね。九月になったら用意してくださいね。六月の二十四日、ひつくのか三。

 

 

第十六帖(十六)

 

 ひふみの火水とは結です、中心の神、表面の世に満つことです、ひらき睦び、中心に火集い、ひらく水。神の名二つ、カミと神世に出づ。早く鳴り成り、世、新しき世と、国々の新しき世と栄え結び、成り展く秋来る。弥栄に神、世にみちみち、中心にまつろい展き結ぶぞ。月出でて月なり、月ひらき弥栄え成り、神世ことごと栄ゆ。早く道ひらき、月と水のひらく大道、月の仕組、月神と日神二つ展き、地上弥栄みちみち、世の初め悉くの神も世と共に勇みに勇みます。世はことごとに統一し神世の磯極まる時代来る、神世の秘密と言う。六月二十四日、一二神文。(原文は後に掲載)

 

 

第十七帖(十七)

 

 この世はみな神のものですから、臣民のものというもの一つもありません、お土からとれた物、みなまず神に供えなさい、それを頂いて身魂を養うようになっているのに、神には献げずに臣民ばかり食べるから、いくら食べても身魂の太らないのです、何でも神に供えてから食べると身魂太りますよ。今の半分で足ります、それが臣民の頂き方です。六月の二十五日、ひつくのか三。

 

 

第十八帖(十八)

 

 岩戸開く役と岩戸閉める役とあります。いったん世界は言うに言われんことが出来ます、しっかり身魂磨いておいてくださいね、身魂磨き第一です。この道開けて来ると、世の中の偉い人が出て来るから、どんな偉い人でもわからない神の道ですから、よくこの神示(ふで)読んでおいてどんなことでも教えてやりなさい、何でもわからないこと無いように、この神示で知らしておくから、この神示よく読みなさいと言うのです。この道はスメラが道です、スメル御民(みたみ)の道です。禊(みそぎ)しなさい、祓(はらえ)しなさい、臣民早くせねば間に合いません。岩戸開くまでにまだ一苦労あります、この世はまだまだ悪くなるから、神も卍(ほとけ)もこの世には居ないのだというところまで、とことんまで落ちて行きます。九月に気をつけなさい、九月が大切の時です。臣民の心の鏡くぼんでいるから、善きこと悪く映り、悪きこと善く映りますよ。今の上に立つ人、一つも真(まこと)の善いこと致してはいません、これで世が治まると思っているのですか、あまりと言えばあまりです。神は今まで見て見ないふりをしていましたが、これからは厳しくどしどしと神の道に照らして神の世に致しますよ、そのつもりでいてくださいね。神の言うこと、ちっともちがいませんよ。今の世に落ちている臣民、高い所へ土持ちばかり、それで苦しんでいるのです。早く身魂洗濯しなさい、何事もハッキリと映りますよ。六月二十六日、一二のか三。

日月神示 上つ巻 第十九帖(十九)から第二十五帖(二五)

第十九帖(十九)

 

 神の国神の山に神祀ってくださいね、まつるとは神にまつろうことです、土にまつろうことです、人にまつろうことです、祀り祀りて嬉し嬉しの世となるのです、まつるには、まず掃除せねばなりません、掃除すれば誰にでも神かかるように、日本の臣民なっているのです、神州清潔の民とは、掃除してキレイになった臣民のことです。六月二十七日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第二十帖(二十)

 

 神がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはしないはずだと言う者沢山ありますが、神には人の言う善も悪もないものです。よく心に考えてみなさい、何もかもわかって来ます。表の裏は裏、裏の表は表だと言ってありましょう、一枚の紙にも裏表、ちと誤ればわからないことになります、神心になれば何もかもハッキリ映って来るのです、そこの道理わからずに理屈ばかり言っていますが、理屈のない世に、神の世にして見せます。言挙(ことあ)げしない国とはそのことです、理屈は外国のやり方、神の臣民言挙げせずに、理屈なくして何もかもわかるのです、それが神の真の民です。足許(あしもと)から鳥が立ちます、鳥立って慌てても何にもなりませんよ、用意しなさい、上下にグレンと引っくり返ります。上の者下に、落ちぶれた民上になります、岩戸開けます、夜明け近づいたから、早く身魂の洗濯してくださいね、神の言うこと千に一つも違いませんよ。六月二十七日、ひつくのか三。

 

 

第二十一帖(二一)

 

 世の元の神の仕組というものは、神々にもわからない仕組です、この仕組わかってはならず、わからねばならず、なかなかに難しい仕組です、知らしてやりたいのですが、知らしてはならない仕組です。外国がいくら攻めて来るとも、世界の神々がいくら寄せて来るとも、ギリギリになったら神の元の神の神力出して、岩戸開いて一つの王で治める神の真の世に致すのですから、神は心配ないのですが、ついて来れる臣民少ないから、早く掃除してくれと言うのです、掃除すれば何事も、ハッキリと映って楽なことになるから、早く神の言うようにしてくださいね。今度は永遠(とことわ)に変わらぬ世にするのですから、世の元の神でないとわからない仕組です。洗濯できた臣民から手柄立てさして嬉し嬉しの世にするから、神が臣民に御礼言うから、一切のゴモク捨てて、早く神の言うこと聞いてくださいね。因縁の身魂はどうしても改心せねばならないのですから、早く改心しなさい、遅い改心なかなか難しいのです。神は帳面につけるように何事も見通しですから、神の帖面間違いないから、神の言う通りに、わからないことも神の言う通りに従ってくださいね。初めつらいのですが、だんだんわかって来るから、よく言うこと聞いてくださいね、外国から攻めて来て神の国丸つぶれというところで、元の神の神力出して世を立てるから、臣民の心も同じです、江戸も昔のようになります、神の身体から息出来ないようにしていますが、今に元のままにしなければならないことになるのです。富士から三十里より離れた所へ祀ってくださいね、富士にも祀ってくださいね、富士はいよいよ動くから、それが済むまでは三十里離れた所へ、仮に祀っておいてくださいね。富士は神の山です、いつ(〇の中にゝの印)(ひ)を噴くかわかりませんよ、神は噴かないつもりでも、いよいよとなれば噴かなければならないことがあるから、それまでは離れた所へ祀ってくださいね、神は構わねど、臣民の肉体大切だから、肉体もなくてはならないから、そうして祀ってくださいね。まつりまつり結構です。六月の二十八日、ひつ九のか三。

 

 

第二十二帖(二二)

 

 いよいよとなれば、外国強いと見れば、外国へつく臣民沢山できます。そんな臣民一人もいりませんよ、早くまことの者ばかりで神の国を固めてくださいね。六月二十の八日、一二のか三。

 

 

第二十三帖(二三)

 

  神なぞどうでもよいから、早く楽にしてくれと言う人沢山ありますが、こんな人は、今度はみな灰にして、無くしてしまうから、その覚悟でいなさい。六月の二十八日、ひつくのか三。

 

 

第二十四帖(二四)

 

 七の日はものの成る日です。「あ」と「や」と「わ」は元の御用です、「イ」「ウ」の身魂は介添(かいぞ)えの御用です。あとはだんだんわかって来ます。六月の二十八日は因縁の日です、一二のか三。

 

 

第二十五帖(二五)

 

 一日に十万、人死に出したら神の世がいよいよ近づいたのですから、よく世界のことを見て皆に知らしてくださいね。この神は世界中のみか天地のことを委されている神の一柱(ひとはしら)ですから、小さい事言わないように、小さい事も何でもしなければなりませんから、小さい事と臣民思っていると間違いが起きるから、臣民はそれぞれ小さい事もしなければならないお役もありますが、よく気をつけてくださいね。北から攻め寄せて来たらいよいよのことです。南、東、西、みな大切ですが、北を守ってくださいね。北から来ます。神は気(け)もない時から知らしておくから、よくこの神示、心にしめておりなさい。一日一握りの米に泣く時あります、着る物も泣くことあります、いくら買溜めてしても神の許さない物一つも身には付きません、着ても着ても、食うても食うても何もならない餓鬼の世です。早く神心に還ってくださいね。この岩戸開くのは難儀のわからない人には越せません、踏みつけられ踏みつけられている臣民の力はお手柄さして、永遠に名の残るようになります。元の世に一度戻さなければならないから、何もかも元の世に一度は戻すのですから、そのつもりでいなさい、欲張っていろいろ買溜めしている人、気の毒が出来ます、神よく気をつけておきますよ。この道に縁ある人には、神からそれぞれの神を護りにつけるから、天地の元の天の大神、地(くに)の大神と共に、よく祀ってくださいね。六月の三十日、ひつくのか三。

日月神示 上つ巻 第二十六帖(二六)から第三十三帖(三三)

第二十六帖(二六)

 

 「あ」の身魂とは天地のまことの一つのかけ替えのない身魂です、「や」とはその左の身魂、「わ」とは右(みぎり)の身魂です、「や」には替え身魂(〇の中に[や]の文字)あります、「わ」には替え身魂(〇の中に[わ]の文字)あります、「あ」も「や」も「わ」も(〇の中に[や]の文字)も(〇の中に[わ]の文字)も一つのものです。御魂引いた神かかる臣民を集めるから急いでくれるなよ、今にわかるから、それまで見ていてくださいね。「イ」と「ウ」はその介添えの身魂、その魂と組みて「エ」と「ヲ」、「ヱ」と「オ」が生まれます、いずれはわかることですから、それまで待ってくださいね。言ってやりたいなれど、今言っては仕組成就しないから、邪魔入るから、身魂掃除すればわかるから、早く身魂洗濯してくださいね。神祀るとはお祭りばかりではないのです、神にまつろうことです、神にまつろうとは、神にまつわりつくことです、まつわりつくとは、子が親にまつわることです、神に従うことです、神にまつろうには洗濯しなければなりません、洗濯すれば神かかります、神かかれば何もかも見通しです、それで洗濯洗濯と、臣民耳にたこ出来るほど言っているのです。七月の一日、ひつくの神の道ひらけあります。

 

 

第二十七帖(二七)

 

 何もかも世の元からの仕組みてありますから、神の言うところへ行きなさい。元の仕組は富士です、次の仕組は丑寅三十里より、次の仕組の山に行って開いてくださいね、今はわからないでしょうが、やがて結構なことになりますから、行って神祀って開いてくださいね、細かく知らしてやりたいのですが、それでは臣民の手柄なくなるから、臣民は子ですから、子に手柄さして神から御礼言います。行けば何もかも善くなるように、昔からの仕組してあるから、何事も物差しで測ったように行きます。天地がうなります、上下引っくり返ります。悪の仕組に皆の臣民だまされていますが、もうすぐ目さめますよ、目さめたら訪ねてきなさい、この神のもとへ来て聞けば、何でもわかるように神示で知らしておきますよ。秋立ちたら淋しくなります、淋しくなったら訪ねてきなさい、我(が)を張っていると、いつまでもわからずに苦しむばかりです。この神示も身魂により、どんなにでも取れるように書いておくから、取り違いしないようにしてくださいね。三柱と七柱揃ったら山に行きなさい。七月一日、ひつくのか三。

 

 

第二十八帖(二八)

 

 世界中まるめて神の一つの王で治めるのです。それが神の世のやり方です、百姓は百姓、鍛冶(かじ)は鍛冶と、今度は永遠に定まるのです、身魂の因縁によって今度はハッキリと決まって動かない神の世とするのです、茄子の種には瓜はなりません、茄子の蔓に瓜をならすのは悪の仕組、今の世は皆それではないですか。これで世が治ったら神はこの世に無いのです。神と悪との力較べです。今度は悪の王も神の力にはどうしても叶わないと心から言うところまで、とことんまで行くのですから、悪も改心すれば助けて、善(よ)き方にまわしてやりますよ。神の国を千切りして膾(なます)にする悪の仕組はわかっています、悪の神も元の神の神の仕組を九分九厘まで知っていて、天地引っくり返る大戦(おおたたかい)となるのです。残る一厘は誰も知らない所に仕かけてありますが、この仕組、心で取ってくださいね、神も大切ですが、この世では臣民も大切です。臣民この世の神です、と言って鼻高になると、ポキンと折れますよ。七月の一日、ひつ九のか三。

 

 

第二十九帖(二九)

 

 この世が元の神の世になるということは、どんな神にもわかっていますが、どうしたら元の世になるかということはわかりません、神にもわからないこと人にはなおわからないのに、自分が何でもするように思っていますが、サッパリ取り違いです。やって見なさい、あちへ外れこちへ外れ、いよいよどうもならないことになります、最後のことはこの神でないとわかりませんよ。いよいよとなって教えてくれと言っても間に合いませんよ。七月一日、ひつくのか三。

 

 

第三十帖(三〇)

 

 富士を開いたらまだ開くところあるのです、鳴門(なると)へ行くことあるのですから、このこと役員だけ心得ておいてくださいね。七月の一の日、ひつくか三。

 

 

第三十一帖(三一)

 

 今度の御用は結構な御用です、いくら金積んでも、因縁ない臣民にはさせません。今に御用させてくれと金持って来ますが、いちいち神に聞いて始末しなさい。汚れた金御用にならないから、一厘も受け取ることなりません。汚れた金邪魔になるから、マコトのもの集めるから、何も心配しないように。心配気の毒です。何も神がするから欲出さないように、あと暫(しばら)くです、日々にわかって来るから、素直に臣民、嬉し嬉しで暮らさせますから。七月一日。

 

 

第三十二帖(三二)

 

 世の元からのヒツグとミツグとあります、ヒツグは神の系統です。ミツグは〇の系統です。ヒツグはマコトの神の臣民です、ミツグは外国の民です。(〇の中にゝの印)と〇と結びて一二三(ひふみ)となるのですから、外国人も神の子ですから、外国人も助けなければならないと言ってありましょう。一二三唱えて岩戸開きます。神から見た世界の民と、人の見た世界の人とは、さっぱりアベコベですから、間違わないようにしてくださいね。ひみつの仕組とは一二三の仕組です、早く一二三唱えてくださいね、一二三唱えると岩戸開きます。七月の二の日、ひつくのか三。

 

 

第三十三帖(三三)

 

 神の用意は済んでいるのですから、民の用意早くしてくださいね、用意して早く祀ってくださいね。富士は晴れたり日本晴れと言うこと、だんだんわかって来ますよ。神の名のついた石があります、その石、役員に分けてそれぞれに守護の神つけます、神の石はお山にあるから、お山開いてくださいね。ヒツグの民、ミツグの民、早く用意してくださいね、神急(せ)けますよ。七月二日、ひつくのか三。

日月神示 上つ巻 第三十四帖(三四)から第四十二帖(四二)

第三十四帖(三四)

 

 何事も天地に二度とないことで、やり損(そこな)いしてはなりません。ただよえる地(くに)の固めの終わりの仕上げですから、これが一番大切の役ですから、しくじられないから、神がくどう言っているのですよ、神々さま、臣民、皆聞いてくださいね。一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいづ)の御用にかからなければならないから、早く一二三の御用してくださいね。何も心配ないから神の仕事をしてくださいね、神の仕事しておれば、どこにいても、いざという時には、神がつまみ上げて助けてあげますから、御用第一です。一日に十万の人死ぬ時来ました、世界中のことですから、気を大きく持っていてくださいね。七月の三日、ひつくのか三。

 

 

第三十五帖(三五)

 

 死んで生きる人と、生きながら死んだ人と出来ます。神のまにまに神の御用してくださいね、殺さなければならない臣民、どこまで逃げても殺さなければならないし、生かす臣民、どこにいても生かさなければなりません。まだまだ悪魔はえらい仕組しています、神の国千切りと言ってありますが、譬(たと)えではないのです、いよいよとなったら神が神力出して、上下引っくり返して神の世に致しますよ、永久(とわ)の神代(かみよ)に致します。細かく説いてやりたいのですが、細かく説かねばわからないようでは神国の民とは言えません。外国人には細かく説かねばわかりませんが、神の臣民には説かなくてもわかる御魂授けてあります、それで身魂磨いてくださいと言ってあるのです。それとも外国人並にして欲しいのですか、雲ったと言ってもあまりですよ。何も心配いらないから、お山開いてくださいね。江戸が火となりますよ、神急(せ)けます。七月の七日、ひつくのか三。

 

 

第三十六帖(三六)

 

 元の神代に返すというのは、喩えではないのです。穴の中に住まなければならないこと出来ます、生の物食べて暮らさなければならないし、臣民取り違いばかりしていますよ、何もかもいったんは天地へお引き上げです、我(われ)の欲ばかり言っていると大変が出来ますよ。七月の九日、ひつくのか三。

 

 

第三十七帖(三七)

 

 人の上の人、皆臭い飯食うこと出来るから、今から知らしておくから気をつけなさい。お宮も一時は無くなるようになるから、その時は、磨けた人が神のお宮です。早く身魂磨いておきなさい、お宮まで外国の悪に潰されるようになりますよ。早くせねば間に合いませんよ、ひつくのか三。

 

 

第三十八帖(三八)

 

 残る者の身も一度は死ぬことあります、死んでからまた生き返ります、三分の一の臣民になりますよ、これからがいよいよの時です。日本の臣民同士が食い合いします、かなわんと言って外国へ逃げて行く者も出来ます。神にシッカリと縋(すが)っていないと何もわからないことになるから、早く神に縋(すが)りなさい、神ほど結構なものはないのです。神にも善い神と悪い神あるのです。雨の日は雨、風の日は風ということわかりませんか、それが天地の心です、天地の心を早く悟って下さいね。嫌なら嫌で他に代わりの身魂があるから神は頼みませんよ、嫌ならやめてくださいね。無理に頼みませんよ。神のすること一つも間違いないのです、よく知らせを読んで下さいね。ひつきのか三。

 

 

第三十九帖(三九)

 

 地震、雷、火の雨降らして大洗濯しますよ。よほどシッカリしなければ生きては行けませんよ。カミカカリが沢山出来て、わけのわからないことになるから、早くこの道を開いてくださいね。神界ではもう戦の見通しついていますが、今はまだ臣民には言えません。改心すればわかって来ます、改心第一です、早く改心第一です。ひつくのか三。

 

 

第四十帖(四〇)

 

 北も南も東も西も皆敵です、敵の中にも味方あり、味方の中にも敵あるのです。黄金(きん)の国へ皆が攻めて来ます。神の力をいよいよ現わして、どこまで強いか、神の力を現して見せてやりますから、攻めて来て見よ、臣民の洗濯第一と言っていること忘れないように。一二のか三。

 

 

第四十一帖(四一)

 

 人の知らない、行かれない所で何しているのですか。神にはようわかっているから、いよいよという時が来たら助けようもないから、気をつけてあるのにまだ目さめませんか。闇の後が夜明けばかりとは限らないのです。闇が続くかも知れませんよ。何もかも捨てる臣民、幸いです。捨てるとつかめますよ。ひつきのか三。

 

 

第四十二帖(四二)

 

 初めの御用はこれで済んだから、早くお山開いてくださいね。お山開いたら、次の世の仕組書かせます、ひと月の間に書いてくれた神示は『上(うえ)つ巻』として後の世に残してくださいね、これからひと月の間に書かす神示は、次の世の神の世の仕組ですから、それは『下(しも)つ巻』として後の世に残させます、そのつもりで気をつけてください。御苦労ですが世界の臣民の為ですから、何事も神の言うこと、素直に聞いて下さいね。七月の九日、ひつくのか三、かく。

 

<『上つ巻』了>

 

 

第十六帖(十六)原文

 

 一二三一二三十八六一五十一二四三三八六一二五八二(〇の中にゝの印)二十十四二八八八九七一四四十九二四十二四六七八八十四三一五二八六三二五一二六二八八七十一九十三八八九三一二八三二一二三(〇の中にゝの印)二十(〇の中にゝの印)十二八九二八三三四一百千千百四十一二十三卍四八九一十四一九四(〇の中にゝの印)四 七三十三六二四一二(〇の中にゝの印)二三

日月神示 下つ巻 第一帖(四三)から第七帖(四九)

第二巻

 

下つ巻(全三十八帖)

 

自 昭和十九年七月十二日

至 昭和十九年八月三日

 

 

第一帖(四三)

 

 富士は晴れたり日本晴れ。青垣山(あおがきやま)めぐれる下(した)つ岩根(いわね)に祀りくれた、御苦労でした、いよいよ神も嬉しいのです。鳥居はいりません、鳥居とは水のことです、海の水ある、それ鳥居です。皆の者御苦労です。蛇(じゃ)が岳(たけ)は昔から神が隠しておった大切の山ですから、人の登らないようにして、竜神となって護(まも)ってくれた神々様にも御礼言います。

 

 富士は晴れたり日本晴れ。いよいよ次の仕組にかかるから、早く次の御用きいてくださいね、神急(せ)けます、山晴れ、地(くに)晴れ、海晴れて、初めて晴れるのです。天晴れて神の働きいよいよ烈(はげ)しくなったら、臣民いよいよわからなくなるから、早く神心になって下さいね。次々に書かしておくから、よく心に留めておいて下さいね。

 

 この道(おしえ)は宗教(おしえ)ではありません、教会ではありません、道ですから、今までのような教会作らせませんよ。ミチとは臣民に神が満ちることです、神の国の中に神が満ち満ちることです。金儲けさせません、欲すてて下さいね。七月の十二日のふで、ひつくのか三。

 

 

第二帖(四四)

 

 今度の岩戸開く御用は、人の五倍も十倍も働く人でないとつとまりませんよ。岩戸開くと言っても、それぞれの岩戸あります、大工は大工の岩戸、左官は左官の岩戸と、それぞれの岩戸あるから、それぞれ身魂相当の岩戸開いてくださいね。欲が出るとわからないことに、盲になるから、(〇の中にゝの印)気つけなさい。

 

 神の御用と言って自分の仕事休むような心では、神の御用になりません。どんな苦しい仕事でも、今の仕事、十人分もして下さいね。神は見通しですから、次々に善きようにしてやるから、欲出さず、素直に今の仕事致しておいてくださいね、その上で、神の御用してくださいね。

 

 役員と言っても、それで食ったり飲んだり暮らしてはなりません、それぞれに臣民としての役目あるのです、役員づらしたら、その日から代わり者出しますよ、鼻ポキン折れます、神で食うことはならんから、くれぐれも気をつけておきなさい。七月の十三日、ひつ九のか三。皆の者、御苦労でありました。

 

 

第三帖(四五)

 

 この神のまことの姿見せてやるつもりでしたが、人に見せると、びっくりして気を失うかもしれないから、石に彫らせて見せておいたのに、まだ気づかないから、木の型をやったでしょう、それが(〇の中にゝの印)のある活動の時の姿です、(〇の中にゝの印)の見世物にしてはなりませんよ、お山の骨もその通りです。これまで見せてもまだわかりませんか、何もかも神がさしてあるのです。心配いらないから欲出さずに、素直に御用きいて下さいね、今度のお山開き、まことに結構です。(〇の中にゝの印)が烈しくなると、(〇の中にゝの印)の話より出来ないことになります、(〇の中にゝの印)の話結構です。七月の十三日、ひつ九のかみ。

 

 

第四帖(四六)

 

 早く皆のものに知らしてくださいね、神急ぎますよ。お山の宮も五十九の岩で作らせておいたのに、まだ気がつきませんか、それを見ても神が使ってさしておること、よくわかるでしょうが、それで素直に神の言うこと聞いてくれて我(が)を出すなと言っているのです、何事も神にまかせて、取り越し苦労しないように、我がなくてもならず、我があってもならず、今度の御用なかなか難しいのです。

 

 五十九の石の宮出来たから、五十九の石身魂、いよいよ神が引き寄せるから、しっかりしておって下さいね、今度の五十九の身魂は御苦労の身魂です。人のようせん辛抱さして、生き変わり死に変わり修行さしておいた昔からの因縁の身魂のみですから、見事御用つとめ上げてくださいね。教会作らないように、信者作らないように。この仕組、知らさなければならず、知らしてはならないし、神もなかなかに苦しいのです。世の元からの仕組ですから、いよいよ岩戸開く時来ました。七月の十三日、ひつくのか三。

 

 

第五帖(四七)

 

 江戸に神と人との集まる宮建てなさい、建てると言っても家は型でよいのです、仮のものですから人の住んでいる家でよいのです。神の石まつって、神人祀ってくださいね。それが出来たら、そこでお告げ書かせますよ。淋しくなった人は集まって、その神示(ふで)見て読んでみれば、誰でも甦りますよ。この神示うつす役要ります、この神示印刷してはなりませんよ。神の民の言葉は神讃(たた)えるものと思いなさい、てんし様讃えるものと思いなさい、人褒(ほ)めるものと思いなさい、それで言霊幸(ことたまさき)わいます、それが臣民の言葉です。悪き言葉は言ってはなりません。言葉は善き事のために神が与えているのですから忘れないようにしなさい。七月の十五日、ひつくのか三のふで。

 

 

第六帖(四八)

 

 今までの神示、縁ある臣民に早く示してくださいね、御用の身魂が喜んでいろいろ御用するようになるから、早く示して江戸に仮の宮作ってくださいね。神々様臣民まつろいて、岩戸開く元出来るから、早く知らせてくださいね、誰でも見て読めるように写して、神前に置いて、誰でも読めるようにしておいてくださいね。役員よく考えて、見せる時、間違えないようにしてくださいね、七月の十五日、ひつくのか三のふで。

 

 

第七帖(四九)

 

 この神示読んで嬉しかったら、人に知らしてやりなさい、しかし無理には引っ張らないように。この神は信者集めて喜ぶような神ではありません、世界中の民みな信者です、それで教会のようなことするなと言うのです、世界中大洗濯する神ですから、小さいこと思っていると見当とれないことになりますよ。

 

 一二三祝詞(ひふみのりと)する時は、神の息に合わして宣(の)りなさい、神の息に合わすのは、三五七・三五七に切って宣りなさい。終(しま)いだけ節長くよみなさい、それを三度よみて宣りあげなさい。天津祝詞(あまつのりと)の神ともこの方言います。七月十五日、一二(〇の中にゝの印)。

日月神示 下つ巻 第八帖(五〇)から第一三帖(五五)

第八帖(五〇)

 

 この神示皆に読みきかしてくださいね。一人も臣民いない時でも、声出して読んでくださいね、臣民ばかりに聞かすのではないのです、神々様にも聞かすのですから、そのつもりで力ある誠の声で読んでくださいね。七月の十七日、ひつくのか三。

 

 

第九帖(五一)

 

  今度の戦は神と〇との大戦(おおいくさ)です。神様にもわからない仕組が世の元の神がなされているのですから、下(しも)の神々様にもわかりません。何が何だか誰もわからないようになって、どちらも丸潰れというところになりた折、大神の命(みこと)によりてこの方(ほう)らが神徳出して、九分九厘という所で、神の力がどんなにえらいものかということ知らして、悪の神も改心しなければならないように仕組みてあるから、神の国は神の力で世界の親国(おやぐに)になるのです。神と〇とは心の中にゝがあるか、ゝがないかの違いです。この方は三四五(みよいづ)の神とも現れますよ。

 

 江戸の御社(みやしろ)は誰でも気楽に来て拝めるようにしておいてくださいね、この方の神示書く役員、神示うつす役員、神示説いてきかす役員要るのです、役員は人の後について便所を掃除するだけの心がけないとつとまりませんよ。役員づらしたら、すぐ替え身魂使いますよ。七月の十七日、一二のか三。

 

 

第十帖(五二)

 

 八月の十日には江戸に祀ってくださいね。アイウは縦です、アヤワは横です、縦横組んで十となります、十は火と水です、縦横結びて力出ます。何も心配ないから、ドシドシと神の言う通りに御用進めてくださいね。臣民は静かに、神は烈しき時の世近づきました。七月の十七日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第十一帖(五三)

 

 けものさえ、神の御旨(みむね)に息せるを、神を罵(ののし)る民のさわなる。

 

 草木さえ神の心に従っているではないですか、神の旨にそれぞれに生きているではないですか、あの姿に早く返ってくださいね、青人草(あおひとぐさ)というのは、草木の心の民のことです。

 

 道は自分で歩みなさい、御用は自分でつとめなさい、人がさしてくれるのではないのです、自分で御用するのです、道は自分で開くのです、人頼ってはなりませんよ。七月の十八日、ひつくのか三。

 

 

第十二帖(五四)

 

 この神は日本人のみの神ではありません。自分で岩戸開いておれば、どんな世になっても楽に行けるように神がしてあるのに、臣民というものは欲が深いから、自分で岩戸しめて、それでお蔭ないと言っていますが困ったものです。早く気づかないと気の毒出来ます。初めの役員十柱(とはしら)集めます。早くこの神示写して置いてくださいね、神急けます。七月の十八日、ひつくの神。

 

 

第十三帖(五五)

 

 逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりましたが、そんなこと長く続きませんよ。あたま下で、手で歩くのは苦しいでしょう、上にいては足も苦しいでしょう、上下逆様(さかさま)と言ってありますが、これでよくわかるでしょう、足はやはり下の方が気楽です、あたま上でないと逆さに見えて苦しくて逆様ばかりうつります、この道理わかりましたか。岩戸開くとは元の姿に返すことです。神の姿に返すことです。

 

 三(みち)の役員は別として、あとの役員の御役は、手、足、目、鼻、口、耳などです。人の姿見て、役員よく神の心悟りなさい、もの動かすのは人のような組織でないと出来ません。この道の役員は、己が自分で自(おの)ずからなるのです、それが神の心です。人の心と行いと神の心に融けたら、それが神の国のまことの御用の役員です、この道理わかりましたか。

 

 この道は神の道ですから、神心になるとすぐわかりますよ、金銀要らない世となります。御用嬉しくなったら神の心近づきましたよ、手は手の役、嬉しいでしょう、足は足の役、嬉しいでしょう、足はいつまでも足です、手はいつまでも手です、それがまことの姿です、逆立ちしていたからよくわかったでしょう。

 

 いよいよ世の終わりが来たから役員気をつけてくださいね。神代近づいて嬉しいのです。日本は別として、世界七つに分けます。今にわかって来るから、静かに神の言うこと聞いておって下さいね。この道は初め苦しいが、だんだんよくなる仕組です、わかった臣民から御用つくってくださいね、御用はいくらでも、どんな臣民にでも、それぞれの御用あるから、心配なくつとめてくださいね。七月の十八日の夜、ひつくのか三。

日月神示 下つ巻 第十四帖(五六)から第二十帖(六二)

第十四帖(五六)

 

 臣民ばかりではないのです、神々様にも知らせなければならないから、なかなか大層と言うのです。一二三(ひふみ)の仕組とは、永遠(とわ)に動かない道のことです、三四五(みよいづ)の仕組とは、みよいづの仕組です、御代出づとは、神の御代になることです、この世を神の国にねり上げることです、神祀ったら三四五の御用にかかるから、そのつもりで用意しておいてくださいね。

 

 この神は、世界中の神と臣民と、獣(けだもの)も草木も構わねばならないのですから、御役いくらでもあります。神様と臣民、同じ数だけあります。それぞれに神つけるから、早く身魂磨いてくださいね、磨けただけの神をつけて、天晴(あっぱ)れ後の世に残る手柄立てさせますよ。

 

 小さいことはそれぞれの神に聞いてくださいね、一人ひとり、何でも聞きたいことや、病治すことも、それぞれの神がするから、サニワでお告げ受けてくださいね、この方の家来の神が知らせるから、何でも聞きなさい。病も治してやりますよ、この神頼ったなら、身魂磨けただけの神徳あります。この世始まってない今度の岩戸開きですから、これからがいよいよです。とんだところにとんだこと出来ます。それはみな神がさしてあるのですから、よく気つけておれば、先のこともよくわかるようになります。元の神代に返すというのは譬(たと)えではないのです。

 

 七から八から九から十から神烈しくなります、臣民の思う通りにはならないのです。それは逆立ちしているからです。世界一度にキの国にかかって来るから、一度は潰れたように、もうかなわんと言うところまでになるから、神はこの世におらんと臣民言うところまで、むごいことになるから、外国が勝ったように見える時が来たら、神の代近づいたのです、いよいよとなって来ねばわからないようでは御用来ませんよ。七月の二十日、ひつくのか三。

 

 

第十五帖(五七)

 

 この方祀って神示書かすのは一所(ひとところ)なれど、いくらでも分(わ)け御霊(みたま)するから、一人ひとり祀ってサニワ作ってもよいのです。祀る時は、まず鎮守様、よくお願いしてから祀りなさい。鎮守様は御苦労な神様です、忘れてはなりませんよ。

 

 この神には鳥居(とりい)と注連(しめ)は要りません。おいおいわかって来ます、一二七七七七七忘れてはなりませんよ、次の世の仕組ですよ。身魂磨けば何事もわかって来ると言ってありましょう、黙っていてもわかるように、早くなって下さいね、神の国近づきましたよ。七月の二十一日、ひつくのか三。

 

 

第十六帖(五八)

 

 智恵でも学問でも、今度は金積んでもどうにもならないことになるから、そうなったら〇ゝを頼るよりほかに手はなくなるから、そうなってから助けてくれと言っても間に合いませんよ。

 

 イシヤの仕組にかかって、まだ目さめない臣民ばかり。日本精神と言って卍(ぶつ)の精神や十(キリスト)の精神ばかりです。今度は神があるかないかを、ハッキリと神力見せて、イシヤも改心させるのです。神の国のお土に悪を渡らすことならないのですが、悪の神渡って来ているから、いつか悪の鬼ども上がるも知れません。神の国だと口先ばかりで言っていますが、心の内は外国(幽界)人、沢山あります。

 

 富士から流れ出た川には、それぞれ名前のついている石置いてあるから、縁ある人は一つずつ拾って来なさい、お山まで行けない人は、その川で拾って来なさい、御霊(みたま)入れて守りの石と致してやりますよ。これほどまでに言っても疑う臣民ありますが、嘘のことならこんなにくどうは言いません。因縁の身魂には神から石与えて守護神の名つけてやりますよ。

 

 江戸が元のすすき原になる日近づきました。てんし様を都(みやこ)に遷(うつ)さなければならない時きました。江戸には臣民住めないような時が一度は来るのです。前のような世が来ると思っていたら大間違いです。江戸の仕組済みたらカイの御用あります。今にさびしくなって来ると、この道栄えて、世界の臣民みな訪ねて来るようになります。七月の二十一日、夜、ひつ九のか三。

 

 

第十七帖(五九)

 

 学や知恵では外国にかなわないでしょう、神頼れば神の力出ますよ、善いこと言えば善くなるし、悪きこと思えば悪くなる道理わかりませんか。今の臣民口先ばかり、こんなことでは神の民とは言えませんよ。

 

 天明は神示(ふで)書かす役です。神の心取り次ぐ役ですが、慢心すると誰かれの別なく、替え身魂使いますよ。因縁のある身魂は、この神示見れば心勇んで来ます。一人で七人ずつ道伝えてくださいね、その御用がまず初めの御用です。この神示通り伝えてくれればよいのです。自分ごころで説くと間違います。神示通りに知らしてくださいね。我を張ってはなりません、我がなくてはならないのです、この道難しいのですが、縁ある人は勇んで出来ます。七月二十一日、一二の(〇の中にゝの印)。

 

 

第十八帖(六〇)

 

 この道は神の道であり、人の道です。この道の役員は神が命ずることもありますが、己が御用すれば、自然と役員となるのです、誰かれの別ないのです、世界中の臣民みな信者ですから、臣民が人間ごころでは見当とれないのも無理ないのですが、このことよく腹に入れておいてくださいね。神の土出ます、早く取りて用意して皆に分けてやりなさい。神に心向ければいくらでも神徳与えて、何事も楽にしてやりますよ。七月の二十三日、ひつ九のか三のふで。

 

 

第十九帖(六一)

 

 苦しくなったら何時(いつ)でもござれ、その場で楽にしてやりますよ、神に従えば楽になって、逆らえば苦しむのです。生命(いのち)も金もいったん天地へ引き上げてしまうかも知れないから、そうならないように心の洗濯第一だと言って、くどう気つけていることまだわかりませんか。七月の二十三日、一二のか三。

 

 

第二十帖(六二)

 

 上(うえ)、中(なか)、下(した)の三段に身魂をより分けてあるから、神の世となったら何事もきちりきちりと面白いように出来て行きます。神の世とは神の心のままの世です、今でも臣民神ごころになったら、何でも思う通りになりますよ。臣民近欲(ちかよく)だから、心曇っているからわからないのです。

 

 今度の戦は神力と学力のとどめの戦です。神力が九分九厘まで負けたようになった時に、まことの神力出して、グレンと引っ繰り返して、神の世にして、日本のてんし様が世界まるめて治(しろ)しめす世と致して、天地神々様にお目にかけます。てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が三四五の仕組です、岩戸開きです。

 

 いくら学力強いと言っても、百日の雨降らすこと出来ないでしょう。百日雨降るとどんなことになるか、臣民にはわからないでしょう。百日と言っても、神から言えば瞬(またた)きの間です。七月二十三日、ひつ九の神。

日月神示 下つ巻 第二十一帖(六三)から第二十七帖(六九)

第二十一帖(六三)

 

 ゝばかりでもなりません、〇ばかりでもなりません。(〇の中にゝの印)がまことの神の元の国の姿です。元の神の国の臣民は(〇の中にゝの印)でしたが、ゝが神の国に残り、〇が外国で栄えて、どちらも片輪となったのです。ゝもかたわ、〇もかたわ、ゝと〇と合わせてまことの神の世にします。今の戦はゝと〇との戦です、神の最後の仕組と言うのは、〇にゝ入れることです。〇も五です、ゝも五です、どちらもこのままでは立ちて行かないのです。一厘の仕組とは〇に神の国のゝを入れることです、よく心にたたみておいてくださいね。神は十柱、五十九柱のからだ待っていますよ。五十と九柱のみたまの神々様お待ちかねですから、早く参ってくださいね。今度の御役大層ですが、末代残る結構なお役ですよ。七月二十四日、一二のか三。

 

 

第二十二帖(六四)

 

 岩戸開く仕組知らしてやりたいのですが、この仕組、言ってはならず、言わねば臣民にはわからないし、神苦しいのです、早く神心になってくださいと言うのです、身魂の洗濯急ぐように。

 

 アイカギ ゝ〇(〇の中にゝの印) コノカギハ イシヤト シカ テ ニギルコトゾ、一二(〇の中にゝの印)、七月の二十八日。

 

 

第二十三帖(六五)

 

 世が引っ繰り返って元の神世に返るということは、神々様にはわかっていますが、世界ところどころにそのこと知らし告げる神柱(かみはしら)ありますが、最後のことはこの神でないとわかりませんよ。この方は天地をキレイに掃除して、天の大神様に御目にかけねば済まない御役ですから、神の国の臣民は神の言うようにして、天地を掃除して、てんし様に奉らなければならない御役です。

 

 江戸に神早く祀ってくださいね。仕組どおりにさせるのですから、臣民我を去りてくださいね。この方祀るのは天のひつくの家です。祀って秋立ちたら、神いよいよ烈しく、臣民の性来(しょうらい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならないことになって来たのです、神急けますよ。七月の三十日、ひつくのか三。

 

 

第二十四帖(六六)

 

 一が十にと言ってありましたが、一が百に、一が千に、一が万になる時いよいよ近づきました。秋立ちたらスクリと厳しいことになるから、神の言うこと一分一厘違いませんよ。改心というのは、何もかも神にお返しすることです、臣民のものというもの何一つもないのです、草の葉一枚でも神のものです。七月の三十日、ひつくのか三。

 

 

第二十五帖(六七)

 

 今度の戦(いくさ)で何もかも埒(らち)ついてしまうように思っていますが、それが大きな取り違いです、なかなかそんなチョロコイことではないのです、今度の戦で埒つくくらいなら、臣民でも致します。今に戦も出来ない、動くことも引くことも進むことも、どうすることも出来ないことになって、臣民は神がこの世にないものと言うようになりますよ、それからがいよいよ正念場です、まことの神の民と獣(けもの)とをハッキリするのはそれからです。

 

 戦出来る間はまだ神の言うことききません、戦出来ないようになって、初めてわかるのです、神の言うこと、ちっとも違いませんよ、間違いのことなら、こんなにくどうは言いません。神は気(け)もない時から知らしてあるから、いつ岩戸が開けるかということも、この神示(ふで)よく読めばわかるようにしてあるのです、改心が第一です。七月の三十日、ひつくのか三のふで。

 

 

第二十六帖(六八)

 

 神の国を真中(まなか)にして世界分けると言ってありますが、神祀るのと同じやり方です。天(あめ)のひつくの家とは天のひつくの臣民の家です。天のひつくというのは天の益人(ますひと)のことです、江戸の富士というのは、ひつくの家の中に富士の形作って、その上に宮作ってもよいのです、仮でよいのです。こんなにこと分けてはこの後は言いませんよ。小さいことは審神(さにわ)で家来の神々様から知らすのですから、そのこと忘れないように。仏(ぶつ)も耶蘇(やそ)も、世界中まるめるのです。喧嘩(けんか)して大きな声するところにはこの方鎮まりません、このこと忘れないように。七月の三十一日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第二十七帖(六九) 

 

 この方は祓戸(はらえど)の神とも現れます。この方祀るのは富士に三(み)と所(ところ)、(渦の印)海(うづうみ)に三と所、江戸にも三と所です。奥山、中山、一の宮です。富士は、榛名(はるな)に祀ってくれて御苦労でしたが、これは中山です、一の宮と奥の山にまた祀らねばなりませんよ、(渦の印)海の仕組も急ぎますが、甲斐(かい)の仕組、早くさせます。江戸にも三と所、天明の住んでいるところ奥山です。あめのひつくの家、中山です、富士が一の宮ですから気をつけておくように。

 

 この方祀るのは、真中に神の石鎮め、そのあとにひもろぎ、前の右左にひもろぎ、それが「あ」と「や」と「わ」です、そのあとに三つ、七五三とひもろぎ立てさせます。少しはなれて四隅(すみ)にイウエオの言霊石(ことたまいし)置いてくださいね。鳥居(とりい)も注連(しめ)もいらないと言ってありましょう、このことです。この方祀るのも、役員の仕事も、この世の組立(くみたて)も、みな七七七七と言って聞かしてあるのには気がまだつきませんか。

 

 臣民の家に祀るのは神の石だけでよいのです、天のひつくの家には、どこでも前に言ったようにして祀ってくださいね。江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀ってくださいね、中山九日、一の宮には十日に祀ってくださいね。気をつけてあるのに神の神示読まないから分からないのですよ、このことよく読めばわかります。今のようなことでは神の御用つとまりませんよ、正直だけでは神の御用つとまりません。裏と表とあると言って気つけてありましょう、シッカリ神示(ふで)読んで、スキリと肚に入れてくださいね。読むたびごとに(〇の中にゝの印)が気つけるように声出して読めば、読むだけお蔭あるのです。七月の三十一日、一二(〇の中にゝの印)。

日月神示 下つ巻 第二十八帖(七〇)から第三十五帖(七七)

第二十八帖(七〇)

 

 またたきの間に天地引っ繰り返るような大騒動が出来るから、くどう気つけているのですよ、さあという時になってからでは間に合いませんよ、用意しなさい。戦の手伝いくらいなら、どんな神でも出来るのですが、この世の大洗濯は、我(わ)れ善(よ)しの神ではよう出来ません。この方は元のままの身体(からだ)持っているのですから、いざとなればどんなことでもして見せます。

 

 仮名(かな)ばかりの神示と言って馬鹿にする臣民も出てきますが、しまいにはその仮名に頭下げて来ないとならないのです、カナとは神の名です、神の言葉です。今の上の臣民、自分で世の中のことやっているように思っていますが、みな神が化かして使っているのに気づきませんか、気の毒なお役も出て来るから、早く改心してくださいね。年寄や女や盲、聾ばかりになっても、まだ戦やめず、神の国の人種(ひとだね)の無くなるところまで、やりぬく悪の仕組もう見ておれんから、神はいよいよ奥の手出すから、奥の手出したら、今の臣民ではようこたえんから、身魂曇っているから、それでは虻蜂(あぶはち)取らずですから、早く改心しなさいと言っているのです、このことよく心得て下さいね、神急(せ)けますよ。八月二日、ひつくのか三。

 

 

第二十九帖(七一)

 

 神の土出ると言ってありましたが、土は五色(ごしき)の土です、それぞれに、国々、ところどころから出るのです。白、赤、黄、青、黒の五(い)つ色です、薬のお土もあれば食べられるお土もあります、神に供えてから頂くのです、何事も神からです。八月二日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第三十帖(七二)

 

 八のつく日に気をつけなさい、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年です。冬に桜咲いたら気をつけてくださいね。八月二日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第三十一帖(七三)

 

 この神に供えられたものは何によらん、私(わたくし)することなりませんよ、参りた臣民にそれぞれ分けて喜ばしてくださいね、臣民喜べば神も喜びます、神喜べば天地光って来ます、天地光れば富士晴れます、富士は晴れたり日本晴れとはこのことです。このような仕組でこの道ひろめてくださいね、それが政治です、経済です、まつりです、わかりましたか。八月の三日、ひつ九のか三。

 

 

第三十二帖(七四)

 

 この道ひろめて金儲けしようとする臣民沢山に出て来るから、役員気つけてくださいね、役員の中にも出て来ますよ、金(かね)は要(い)らないのです、金いるのは今しばらくです、生命(いのち)は国にささげても金は自分のものと威張っている臣民、気の毒出来ますよ、何もかも天地へ引き上げですと知らしてあること近づいて来ましたよ、金かたきの世来ました。八月三日、一二(〇の中にゝの印)。

 

 

第三十三帖(七五)

 

 親となり子となり夫婦となり、同胞(はらから)となりて、生き代わり死に代わりして御用に使っているのです、臣民同士、世界の民、みな同胞と言うのは譬(たと)えではないのです、血がつながっているまことの同胞です、同胞喧嘩も時によりけりです、あまりわからないと神も堪忍袋の緒切れますよ、どんなことあるか知れませんよ、この道の信者は神が引き寄せると言えば役員ふところ手でいますが、そんなことでこの道開けると思いますか。一人が七人の人に知らせ、その七人が済んだら、次の御用にかからせますよ、一聞いたら十知る人でないと、この御用つとまりませんよ、裏表、よく気をつけなさい。

 

 因縁の身魂はどんなに苦しくとも勇んで出来る世の元からのお道です。七人に知らせたら役員です、神が命ずるのではない、自分から役員になるのだと言ってありましょう、役員は神の直々の使いです、神柱(かみばしら)です。肉体男なら魂(たま)は女(おみな)です、この道盗(と)りに来る悪魔あるから気をつけなさい。八月の三日、ひつくのか三。

 

 

第三十四帖(七六)

 

 臣民はすぐにも戦済んで善(よ)き世来るように思っていますが、なかなかそうはなりませんよ、臣民に神うつってせねばならないのですから、まことの世の元からの臣民、幾人もないのです、みな曇っているから、これでは悪の神ばかりが憑(か)かって、だんだん悪の世になるばかりです、それで戦済むと思っているのですか、自分の心よく見てみなさい、よくわかるでしょう、戦済んでもすぐに善き世とはなりませんよ、それからが大切です、胸突き八丁はそれからです、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいでしょう、戦は雲のかかっているところです、頂(いただき)までの正味(しょうみ)のところはそれからです。一、二、三年が正念場です。三四五の仕組と言ってありましょう。八月の三日、ひつ九のか三。

 

 

第三十五帖(七七)

 

 何もかも持ちつ持たれつです、臣民喜べば神も喜びます、金(きん)では世は治まらないと言っているのにまだ金追っている見苦しい臣民ばかり、金は世をつぶす本です、臣民、世界の草木まで喜ぶやり方は神の光のやり方です。臣民の生命も長くなりますよ、てんし様は生き通しになります、御玉体(おからだ)のままに神界に入られ、またこの世に出られるようになるのです、死のないてんし様になるのです、それには今のような臣民のやり方ではなりません、今のやり方はてんし様に罪ばかりお着せしているのですから、このくらい不忠なことないのです、それでもてんし様はお赦(ゆる)しになり、位までつけて下さるのです、このことよく改心して、一時(ひととき)も早く忠義の臣民となってくださいね。八月の三日、ひつ九の神。